イノベーションを起こしやすい時代になっている。発想を豊かにするためには、一産業に限らず横断的な視座で4つの枠組みで考えていくことが有効である。
イノベーションを起こしやすい時代になっている。そしてさまざまなところにその種は転がっている。発想を豊かにするためには、一産業に限らず横断的な視座で4つの枠組み(未来構想、イノベーション仮説、イノベーション・エッセンス、能力モジュール)で考えていくことが有効である。これまでの「思考停止」を打破し、いまこそイノベーションを生み出していきたい。この議論こそ最も面白くわくわくするものである。弊社の提唱する日本らしい「和ノベーション」によって、日本企業・日本経済が大胆に変化することをサポートしたい。
イノベーションなんて起こせるものだろうか。技術を持っている人、特別に頭のいい人、莫大(ばくだい)な投資余力がある企業にだけ、イノベーションを生み出せるのだろうか。筆者はそうではないと考えている。
インフラ、技術、機運が首尾よく整いつつあることでイノベーションが起こしやすくなってきた。スマートフォンやタブレットでシームレスなコミュニケーションが可能になり、かつクラウドによって自前でサーバを持つ必要がなくなった。これは10年前と比べれば画期的である。
技術面でも、VR/AR、AI、ブロックチェーン、3Dプリンタなど活用範囲の広い技術が次々と登場している。だが、この世の中は決して満たされておらず、理想的な姿をいろいろなものが邪魔していて、まだ実現できていない。
例えば、Uberはイノベーションであった。これまでタクシーは、「運転手、顧客を選べない」「料金が事前に分からない」「行先を伝えても分かってくれない」「行き方が決まっていない」「現金決済がすこぶる面倒、余計な時間がかかる」というストレスがあった。そこでUberは、ソーシャルレーティング、GPS、オンラインペイメントなどの既存の技術を組み合わせてそれらを解消した。「タクシーとはそういうものだ」という思考停止を簡単に打破したわけである。こういった「思考停止」はそこかしこに存在している。
すなわち「理想的な姿」を想像し打破することをわれわれは怠っているのだ。そしてそこにイノベーションの種はある。日本には「思考停止」が多過ぎやしないか。受け継がれる伝統主義、形式主義にメスを入れ、「選択と集中」のリシャッフルで、次の世界は見えてくる。そして何といっても重要なのは、「思考停止」にメスを入れようという機運が高まっていることだ。若手のスタートアップ創業者たちはそれを血眼になって探しており、かつ形にしている。
イノベーションを考えるとき、横断的に適用可能なエッセンスがある。例を挙げよう。シェアリングエコノミーは、まさに数年前からの「イノベーション・エッセンス」である。エッセンスと呼ぶ意味は、シェアリングの対象がクルマや住宅などに限らず、さまざまな有形資産、無形資産にそれが適用可能だからだ。
しかし、シェアリングエコノミーというエッセンスはもう手あかが相当についてしまっている。それではシェアリングエコノミーの「次」に来るエッセンスは何だろうか。現代にはビジネス思想家やイノベーティブな企業家たちがいて、彼らがさまざまなフレームワークやコンセプトを提唱してきた。
Thinkers 50やペイパルマフィアと呼ばれる人たちがその代表だが、彼らだけが新しいイノベーション・エッセンスを生み出しているわけではない。ローランド・ベルガーが注目しているいくつかの新しいエッセンスを紹介しよう。
シリコンバレー発祥のコンセプトだが、最近ではなじみが深いコンセプトだろう。製品、サービスは決して完璧なものである必要がなく、お客さまの手に渡ったあともそれそのものを機動的に進化させることで満足度を向上させていこう、という取り組みだ。よってずっとβ版なのだ。
具体的には、iPhoneのiOSの更新、Teslaのより高い精度のオートパイロットに向けたソフトウェアアップデートなどがそれに当たる。これまでの日本企業は100点で完璧なものにしないと市場投入をためらってきた。このコンセプトは当たり前のようで、当たり前でない。そしてそれはいろいろな領域に当てはめて考えてみると面白い。
一産業のバリューチェーンに関わる全てのステークホルダーを、デジタル上で一堂に介させ、有機的につながることで品質、コスト、リードタイムを一気によくしようという取り組みだ。
アパレルのデジタルプラットフォーマーのShitateruは、生地メーカー、副資材メーカー、パターンナー、縫製工場などといったアパレル関連のさまざまなステークホルダーを1つのプラットフォームでつなげ、デザイナーが作りたい服のデザインと必要ロットを伝えれば、どのようなものがいくらでできるかを提示することができる。
また建設についても、コマツのLand Logのようなカテゴリー・プラットフォーマーがある。すなわち、複雑なバリューチェーンや多岐にわたる調達物・機能がある場合、左から右へ順々にやっていくことは大変な手間であり、これを一気に解決する仕掛けといえる。
ラストワンマイルという言葉と類似するが、決して物流の話ではない。消費者のふところに入り込み、すぐそばで消費者のニーズや好みを適切に読み取り、適切に提案する仕掛けのことである。
いまはスマートフォンがそれに近い役割を担っているが、必ずしも消費者の全てをスマートフォンが理解しているわけではない。消費者の体調、状況、行動、気持ちまでもラストワンインチでうかがい知ることができれば、さまざまな価値提供ができ、かつビジネスチャンスにもなる。しかし、安否確認のシニア監視カメラがなかなか普及していないのは、監視されることを人間が嫌うからだ。消費者が心を許すラストワンインチが求められており、それを実現したものが勝者となる。
ブロックチェーン技術をもとに世の中の全てのものを共有台帳化し、社会資源を無駄なく配置できる可能性のあるコンセプトである。短期的には、AIやRPA、IoT技術とともにあらゆる業種の間接業務を省人化し、金融インフラを進化させ、人々をより創造的な活動を主体とした世界へ導くことのできる概念である。
特に日本企業は意思決定に時間がかかり後塵(こうじん)を拝しがちである。クローリング、データロボット、そしてAIによって、市場環境、競争環境、競合動向、それらの将来予測の情報を組み合わせて、経営者にスマートオプションを提示するようになる。どのオプションを選ぶかは、ビジョンに基づいて経営者が意思決定する。こういった仕掛けは、日本企業の意思決定クオリティーとスピードを大きく進化させ、世界にごする競争力をもたらす可能性がある。ただし、このファストディシジョンやスマートオプションの実現にはまだ時間を要するだろう。
……このように、さまざまなイノベーションを誘発するエッセンスがあり、これらをてこにしながらすでにイノベーションを形にしている例がある。聞くと当たり前、のように思うものもあるが、おそらくその感覚ではイノベーションをつくるのは難しい。イノベーションはすごいものであると同時に、簡単に理解できるものでなければならないという(表面的) 背反をそもそも内包するものだからだ。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授