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» 2021年12月15日 07時07分 公開

俳優・寺田農の朗読の旅。漢文調の明晰な文章が持ち味、森鴎外の「最後の一句」を読むITmedia エグゼクティブ勉強会リポート(1/2 ページ)

声に出して本を読むという“朗読”は、読み手にとっても聞き手にとっても耳に入りやすく頭に残りやすいもの。今回は1961年から60年にわたって俳優として活躍している名優 寺田農氏が森鴎外の短編小説「最後の一句」を朗読。森鴎外の人生や作品について語る。

[松弥々子,ITmedia]

 ライブ配信で開催されているITmedia エグゼクティブ勉強会に、俳優の寺田農氏が2度目の登場。読書家としても知られる寺田氏、前回は「本を読むということ」をテーマに「本を読むことの意義」を語ったが、今回は「朗読の旅」と題し、明治の文豪 森鴎外の人生などを紹介し、短編小説「最後の一句」の朗読を行った。

俳優 寺田農氏

医学官僚であり、小説家でもある森鴎外。ドイツ留学を経て陸軍医学官僚のトップに

 俳優・寺田農氏が名著を朗読する「寺田農の朗読の旅」。今回は森鴎外が大正4年(1915年)に発表した短編小説「最後の一句」を朗読する。朗読の前に、森鴎外の人生や人となりを寺田氏の視点から紹介した。

 「森鴎外(本名:森 林太郎)は1862年(文久2年)に津和野藩(現在の島根県)のご典医の息子として生まれました。2022年には生誕160年、没後100年となります。鴎外が6才の時に明治維新が起き、明治5年、10歳で父と上京し、東京・向島に住みはじめました。この向島が“鴎外”というペンネームの由来になっています。向島から隅田川を渡ると浅草があり、その奥には吉原があります。この吉原はちまたで“カモメ(鴎)”と呼ばれていたそうです。吉原=カモメ(鴎)の外にある向島に住んでいるということで、“鴎外”というペンネームになったそうです。

 鴎外は明治7年、12歳で第一大学区医学校予科(現在の東京大学医学部)に入学しました。当時、この学校の受験資格は14歳だったので、万延元年(1860年)生まれの14歳であると逆サバを読んで受験し、見事合格したそうです。

 明治14年、19歳で第一大学区医学校本科を卒業した彼は陸軍に就職し、医学官僚の道を歩みはじめます。明治17年にはドイツに留学し、この頃に付き合ったのが、小説『舞姫』のモデルとなったドイツ人女性のエリスです。鴎外は28歳となった明治23年(1890年)に『舞姫』『うたかたの記』を発表し、小説家としても成功。さらに、医学官僚としても順調に出世していきます。45歳には陸軍医学官僚のトップに立つんですね。やがて大正5年に54歳で軍務の一線から引退します。

 森鴎外は大正11年7月、萎縮腎(腎結核)で60歳で死去しました。彼の墓は東京・三鷹市の禅林寺にあります。この鴎外の墓の向かいには太宰治の墓があるんですよ」(寺田氏)

漢文を基調とした明晰な文章が鴎外の持ち味。翻訳では出せないその魅力

 「鴎外の文章の魅力はその漢文調の明晰な文章ですね。人に文章の秘伝を聞かれた際に、“一に明晰、二に明晰、三に明晰”と答えたと言います。三島由紀夫は鴎外を敬愛していて、『文章読本』という本で彼の文を“漢文を基調とする現代の名文である”」と述べています。

閭は小女を呼んで、汲みたての水を鉢に入れて来いと命じた。水が来た。僧はそれを受け取って、胸に捧げて、じっと閭を見つめた。

 三島由紀夫は鴎外の『寒山拾得』という小説の“水が来た”という表現を絶賛したんです。三島いわく、これは漢文の『水来たル』と同じ手法で、余計なものを全て剥ぎとり、かつ効果的に見せないのに強い効果を持った表現だと。鴎外のこういう文章には、僕自身も本当にうまいなあと思いますね。

 しかし、国文学者の林望先生に言わせると、これが翻訳泣かせなんだそうで。“水が来た”と言っても、“水”は英語では主語にならないんですね。だから、鴎外の文章の魅力を外国語で伝えるのは本当に難しいんです。だから漱石や川端などと比べて森鴎外の小説の翻訳数は少ないんですね。

 僕は森鴎外の作品の中では、『渋江抽斎』が好きですね。これは江戸時代末期に実在していた弘前藩の侍医・渋江抽斎を描いた掃苔小説です。つまりノンフィクションの大長編なんですが、短編の妙手である森鴎外が、書けるギリギリの長さの長編小説が『渋江抽斎』だろうと三島由紀夫が言っていますね。とても見事な小説なんですが、これも林望先生に言わせれば“イギリス人にとってはこの本はノベルではなくドキュメントだ”と言うんですね。それだけ、明晰な文章で淡々と書かれているということでしょうね」(寺田氏)

寺田農、森鴎外「最後の一句」を読む

 森鴎外の人生、人となりについて講義のあと、いよいよ「最後の一句」の朗読に。

【「最後の一句」あらすじ】

 父親の桂屋太郎兵衛が斬首になることを知った16歳の長女・いちは、父のためにお奉行様へ願書を出そうと思い立つ。いちは、14歳の次女・まつ、12歳の養子・長太郎を連れ、大阪西町奉行所へ徒歩で向かう。門番に叱られてもめげず、いちは与力に願書を渡すことに成功。そして翌日、いち、まつ、長太郎らはお白洲に呼ばれ、尋問を受けることになる。

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