両利きの経営でDXの推進を――早稲田大学 ビジネススクール 根来龍之教授ITmedia エグゼクティブセミナーリポート(2/2 ページ)

» 2022年01月25日 07時08分 公開
[山下竜大ITmedia]
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 しかし一方では、既存企業には戦略制約と組織制約という変革の制約がある。まず戦略制約だが、既存企業は何でも自由に取り組めるわけではない。製品市場において、アナログとデジタルは矛盾し、カニバリ(共食い)してしまうことがある。また、例えば新聞社がデジタルビジネスを進めるとき、エンジニアがいないなどのリソースが不足する一方で、系列の販売店のビジネスが奪われて余剰化する。これが戦略的制約である。

 既存企業には、さらに組織制約がある。既存企業には、組織が重くのしかかる。長くビジネスをやっていると、組織が官僚化し、その結果、顧客が見えなくなり、顧客よりも社内の事情を優先することになる。それではダメだということを経営者が言い続け、現場は顧客のことを考えるようにと訴えなければならない。

 また、既存組織は既存事業に制度やプロセスが最適化されている。逆に言えば、既存組織が既存事業に最適化されていなければ、既存事業を強くすることはできない。

 組織の官僚化や既存事業への最適化は必然だ。ただし、それが新事業探索の制約になることをも理解すべきである。既存事業と新規事業で異なる組織要素を必要とする場合、有効になるのが両利きの経営というコンセプトだ。

両利きの経営ではマインドと組織構造の変革が必要

 経営は、差別化なのか、コスト競争なのか、グローバルなのか、ローカルなのか、長期目標か、短期目標か、新製品か、既存製品かなど、いろいろなジレンマを抱えているが、ここで取り上げたいのは新規事業と既存事業の矛盾である。特に、既存企業がデジタルの新規事業に取り組む場合は、既存事業とは異なる成功法則があり、既存事業と異なる人材、事業パートナー、事業構造、組織・文化が必要であることが多い。

 こうした組織要素の違いがあるビジネスを両方進めるためには、その違いを意識してマネジメントしなければうまくいかない。新規事業の探索を考えた場合、既存企業とは時間感覚が異なることがある。既存事業は時間間隔が長いが、新規事業は時間間隔が短い。既存事業は何度もサイクルを回しているので、失敗しない方がいいし、それほど頻繁には失敗しない。しかしデジタル事業の場合、早く失敗した方が改善が進に、結果として成功しやすい。

 そうすると業績評価制度も変えなければならない。例えば、既存事業は目標達成度で成果を図ってもよいが、新規事業は行動の積極性が重要になる。この2つの要素を、同じ組織、同じ企業グループ名の中で両方マネジメントするのが両利きの経営である。

 トヨタ自動車は、カーシェア、ライドシェア、あるいはMaaS(モビリティアズアサービス)など、デジタル化が前提の新事業に積極的に取り組んでいる。サブスク、カーシェアをやりながら、モノづくりや販売も行っている。トヨタ自動車は、まさに両利きの経営にチャレンジしている。しかし、組織要素の違いがある。モノづくりでは生産技術者が優位だが、MaaSではネット系の技術者や、新たにいろいろな会社との連携が重要で、オープン化が必要になる。

 両利きの経営は、ひと言でこうすればよいとはいえないが、一般的には、主観的可能領域をできるだけ広く考えることから始める必要がある。そのためには、マインドの変革と、そのための組織構造が必要になる。既存企業は、宿命的に変革のスピードが遅くなるように望んでいるところがあり、自社に都合のいいように、変革可能領域を狭めてしまう。そうすると生き残る可能性や新たな成長の可能性は低くなってしまう。

 例えば、組織構造は、既存組織と別の組織を作ることが必要な場合がある。トヨタ自動車の場合、ソフトバンクと一緒にMaaSの会社であるMONET Technologiesを立ち上げている。

 以上をまとめておく。DXとは、デジタル技術で顧客への提供価値を変革し、必要であればビジネスモデル全体を変革する活動である。生産性向上や工数削減も重要だが、顧客に提供する価値が変わらなければ環境提供できない世界がDXだ。新規事業と既存事業、アナログとデジタルは、異なる戦略と組織を必要とするが、その場合は両利きの経営のコンセプトが参考になる。両利きの経営では、組織活動の要素の違いを意識的にマネジメントし、マインドと組織構造の変革が必要だ。

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