目指すのは「のび太くんの部屋」? 「らしさ」を生かしてDXを推進 ── J.フロントリテイリング 野村泰一氏デジタル変革の旗手たち(1/2 ページ)

J.フロントリテイリングがコロナ禍の守りからトップラインの成長を追求する「攻め」の戦略に転じた。その核となるデジタル変革をけん引するのは、やはり逆風の最中にあった航空業界大手でさまざまな成果を上げてきた野村泰一氏だ。次のフィールドでは、どのようなDXを推進しようとしているのだろうか。ITmediaエグゼクティブのエグゼクティブプロデューサーである浅井英二が話を聞いた。

» 2022年09月06日 07時09分 公開

 J.フロントリテイリング(以下、JFR)は2007年、百貨店の大丸と松坂屋が経営統合して生まれた持株会社だ。現在はファッションビルのパルコも傘下に持つ。2021年度から新たにスタートした中期経営計画では、コロナ禍の影響からの完全復活と再成長を目指す取り組みを推進する。2年目となる今年度は、コロナ禍における危機対応の「守り」重視の戦略から、トップライン成長を追求する「攻め」の戦略に転じる年と位置付け、人財育成にも積極的な投資を展開。専門人財の活用や若手社員への活躍機会の提供とともに、ビジネスモデル変革に伴うリスキリングにも注力している。

 攻めに転じたJFRにおいて、打ち手の核ともいえるデジタル変革(DX)をけん引するのは、コロナ禍で最も厳しい影響を受けてきた航空業界大手にこの春まで身を置き、逆風の中にあっても多くの成果を上げてきた野村泰一氏だ。同社のグループデジタル統括部 チーフ・デジタル・デザイナーとして新たなチャレンジを始めた野村泰一氏に話を聞いた。

J.フロントリテイリング グループデジタル統括部 チーフ・デジタル・デザイナー 野村泰一氏(提供:永山昌克、Darsana)

JFRで大事にしていることとは

 JFRは、大丸、松坂屋、パルコなどを傘下に持つホールディングスである。松坂屋は1611年、大丸は1717年に開業。1611年は徳川家康、1717年は徳川吉宗の時代という、長い歴史を持つ企業だ。比較的新しい会社であるパルコも、テレビ放送が開始された1953年の創業という歴史がある。現在の百貨店業界は、ファストファッションやネット通販の台頭により、じわじわと百貨店離れが進んでいたところにコロナ禍に見舞われ、苦境に立たされていると思われている。しかし野村氏は、次のように話す。

 「百貨店離れと言いますが、コロナ前の大丸東京店の1日の平均来客数は地下だけでも11万人で、これは日本の航空会社の1日の国内線搭乗客数に匹敵します。まだまだ百貨店を訪れるお客さまは多く、デジタルテクノロジーや顧客データの活用によって更にお客さまと新しい関係を構築できると考えています」(野村氏)

 JFRでは、これまでもDXに取り組んでいたが、十分にデジタルテクノロジーやデータを活用できているわけではなく、まだまだこれからという認識が経営トップにもあった。そこで白羽の矢が立ったのが野村氏である。野村氏は、「JFRの経営トップの話を聞く機会があり、縁あって転職しました。前職でのDX推進に一定の達成感もあり、同じB2C業界であればその経験を生かせるのではないかと考えました」と話す。

 ただし、航空業界での取り組みをそのままコピーするのではなく、JFRがどのような会社で、何を大切にしているのかを、ドキュメントを読むだけでなく、実際に現場に出向いて理解することから始めた。店舗を観察したり、スタッフにヒアリングをしたり、時には売り場に立って自分が持っている感覚との共通点や相違点を感じながら、テクノロジーやデータを組織や人財と絡めてDXのデザインを考えたという。

人財育成はスキルだけではダメ、マインド、ナレッジの三位一体

 「グループを束ねるホールディングスという立場からすると、それぞれの会社の枠を超え、横断的に見ていくのが私の役割」と野村氏。「マインドにしても、データにしても、きちんと掛け合わせるための場を作り、デザインをすることで、価値を最大化することができます」と話す。

 JFRでは、グループ企業のデータをデータレイクに蓄積していたが、蓄積されたデータを活用するプロセスが構築されていなかった。データレイクは、個別の会社の課題解決には活用されていたが、さらにグループ横断的にデータを掛け合わせることで、単独のデータ活用による改善では見えなかったことが見えてくると感じたという。

 「例えば、大阪の心斎橋エリアでは大丸とパルコが隣接していてお互いの顧客を奪い合っているのではないかと懸念する声がありました。しかし、それぞれの顧客の購買データを分析してみると、実は双方の店舗を利用するお客さまはどちらの店舗でも購買金額が高いことが分かりました。当たり前ですが、共通の顧客はそれぞれの店舗に来店されるので訪問頻度も高くなり、離脱しにくくなります。カスタマージャーニーからも連携効果を実証できました」(野村氏)

 こうした例からも分かる通り、テクノロジーやデータを活用するためには人財育成が極めて重要だ。「やはり人づくりがポイントになる」と野村氏。

 例えば、データサイエンティストのスキルを旧来のプロセスだけに使っているのではせっかくのスキルも生かせない。まずは、自部門だけの課題を見るという「マインド」を刷新し、次にJFR全体の業務を理解する「ナレッジ」を習得、そしてデータに関する「スキル」を身に付ける、という「三位一体」が人財育成の最大のポイントとなる。

 野村氏はこの領域で活躍してくれる人財として「データアナリスト」と「デジタルデザイナー」という2つのタイプを定義し、コア人財の育成に取り組むことにした。

 データアナリストは、統計解析のナレッジをベースに、BIツールなどを活用して、データを分析し、ビジネスレポートや施策の立案、評価などを行う人財。一方、デジタルデザイナーは、ビジネスとテクノロジーの両方のナレッジを意識して、課題や戦略に沿ったビジネスデザインを行う人財である。野村氏は、2つのタイプのデジタル人財をコア人財と位置付け、グループデジタル統括部にて育成することにした。

2つのデジタル人財のタイプを定義することでDXを推進
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