「トラウマ(発達性トラウマ)」は、PCならば「ハード」と「ソフト」のそれぞれにダメージを受けた状態が人間に起こっているという驚き壊れてしまった自分を再起動するための“ログイン”志向と“閉じること”の意義(2/2 ページ)

» 2023年04月25日 07時03分 公開
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 多くの場合、家とは一時の休息場所ではあっても安全基地ではありません。実は、真に安心安全な環境とは社会にこそ存在しています。心身を回復させるためには適度に外出をして人と接することが必要です。ストレスに十分に配慮した上で少しずつ仕事に取り組むことも回復の助けとなります。

対人関係の幻想をなくす

 トラウマの克服には、他者とのつながりの回復が必要です。

 対人関係ほど幻想に支配されたものはありません。例えば、友達がたくさんいて社交的な人は立派で、そうではない人は人間として問題がある、といったように。

 子ども時代の対人関係のコンプレックスを引きずっていることもしばしばです。他者とのつながりの回復とは友達幻想、家族幻想、デキる社員幻想といった対人関係にまつわる幻想からまずは自由になることです。

 幻想にとらわれたまま間違った努力をしている場合もとても多いです。

自分を“開く”のではなく、しっかりと“閉じる”ことを意識する

 実はイメージとは反対に、悩み、生きづらさを抱える人の多くは社会性がないためではなく“社会性過多”であるがゆえに社会とつながることができなくなっています。他者の意識や規範を過剰に忖度し抱えすぎるために身動きが取れなくなっているのです

トラウマを負った状態もまさにそうで、人に対して“開きすぎて”いる。そうして、自他の区別が曖昧になり、自分を見失い、他者の言動に振り回されたり、相手に支配されたりしているのです。

 トラウマを負った人は自分をうまく“閉じる”ことができないままに、“開こう”として敗北を繰り返しています。さながら、自分の家のドアや窓が壊れているような状態です。家に鍵を掛けることができなければ、安心して外出することもできません。

 実際、社交的な人ほど心が閉じています。ある統合失調症の患者が、この病院の中で一番心が閉じている人は誰? と医師から問われたときに、とても社交的な看護師さんの名前を挙げた、というエピソードを耳にしたことがあります。

 健全な人格形成、愛着形成とは、しっかりと自分を閉じることだと言えます。それが自分を大切にすることであり、自分の内側に安全基地を持つことです。その結果、対人関係の構築につながっていきます。

 自己を再建し、対人関係の回復を行うためには、まずは心をしっかりと“閉じる”ことを意識することが必要です。

 働きやすい職場とは、対人関係にまつわる幻想が少なく、社員がまずは健全に心を閉じた上でコミュニケーションを行える文化(親しき仲にも礼儀あり)のある職場であるといえます。オープンな職場とは、社員が安心して”閉じられる”職場でもあるのです。

経営層、管理者は、まずは「トラウマ(発達性トラウマ)」について知ることから

 本記事でご紹介したように、実はトラウマとは身近なもので、仕事でのパフォーマンス低下などにも強く影響しています。では、職場の管理者はどのようにトラウマにまつわるトラブルに関わればよいのでしょうか?

 上司が仕事の成果が上がらない部下に対して「もしかしたらお前はトラウマではないか?」などといったコミュニケーションは踏み込み過ぎで、それ自体がハラスメントとなります。

 必要なことは、まずは「トラウマ(発達性トラウマ)」についての正しい知識を知ることです。社内でトラウマにまるわる事象について周知するところから始めることが必要です。

 その上で、メンタルケアの専門家などと連携して、適切な診断とケアを受けることができる体制を作ることと、上記でも説明したようなポイントにも沿った環境づくりを意識することです。

 トラウマを前提として心の不調を捉えることは当たり前となりつつあります。

 まずは、経営層、管理層が、トラウマについて知ることから始めてみてください。トラウマを知ることは、単なるメンタルヘルスにとどまらず、これからの職場環境づくり、生産性を高める上でもとても大切です。

著者プロフィール:みきいちたろう

公認心理師。大阪生まれ、大阪大学文学部卒、大阪大学大学院文学研究科修士課程修了。在学時よりカウンセリングに携わる。大学院修了後、大手電機メーカー、応用社会心理学研究所、大阪心理教育センターを経て、ブリーフセラピーカウンセリング・センター(B.C.C.)を設立。トラウマ、愛着障害、吃音などのケアを専門にカウンセリングを提供している。

著書に『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)、『プロカウンセラーが教える 他人の言葉をスルーする技術』(フォレスト出版)がある。

雑誌、テレビなどメディア掲載・出演も多く、テレビドラマの制作協力(医療監修)も行っている。


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