「発達性トラウマ」あるいは「トラウマ」という概念から生きづらさを眺めてみると、多くのことが了解でき、適切なケアにつながっていくことが分かる。
近年、職場においても、メンタルヘルスの重要性は高まってきています。
職場内で起きるメンタルに関連する事象を説明するものとして、これまでは、うつ病、発達障害、場合によってはパーソナリティ障害、HSPといった概念が用いられてきました。ただ、それらは「なんとなくそうだが、全てを説明してくれていない」「名前がついて安心するけれど、解決策には必ずしもつながりにくい」といったものでもありました。
実は、最近の臨床心理では、さまざまな事象について、“トラウマ”という視点から捉え直されるようになってきています。
結論から言えば、「発達性トラウマ」あるいは「トラウマ」という概念から生きづらさを眺めてみると、多くのことが了解でき、適切なケアにつながっていくことが分かります。
今回の記事では実は身近な存在である「発達性トラウマ(トラウマ)」について解説します。
「トラウマ」と聞いて、あなたはどんなイメージを持つでしょうか?
トラウマとは、遠い世界の存在ではありません。日常の不調や悩み、生きづらさ、仕事がうまくいかない、といったあなたが普段感じている症状としても現れています。トラウマとは私たちにとって、とても身近な存在なのです。
トラウマとは端的に言えば、「ストレス障害」のことを言います。
人間は、強いストレス、あるいは緩やかなストレスでも長期にわたってさらされ続けることで、ストレス障害が生じるのです。
心身をパソコンやスマホに例えてみると、トラウマを負うということは、ハードウェアとソフトウェアそれぞれにダメージを受けることです。ハードウェアには、CPU(脳)やメモリ、ハードディスク(記憶)、マザーボードや電源(神経系、免疫系、内分泌系)などがありますが、それぞれに機能障害が生じます。
そして、ソフトウェアについても異常が生じます。特に中核となるのが、自分のIDで自分にログインできなくなる症状(自己の喪失)です。まさに人生が奪われるように、自分であって自分ではなくなるのです。
従来、トラウマは、災害や戦争、虐待、レイプといった非日常の劇的なもののみによって引き起こされるとされてきましたが、日常における強度は小さくても慢性的なストレスによっても生じます。特に子ども時代に負ったストレスによるトラウマを「発達性トラウマ」といいます。
もちろん大人になってから、例えば、職場で受ける理不尽なプレッシャー、ハラスメントによってもトラウマになります。
トラウマは、心身に関してさまざまな症状を生みます。
いわゆるうつ病とされてきたものも、実はトラウマによるうつ状態であるケースはとても多いのです。その他、強迫性障害、依存症、パーソナリティ障害、摂食障害、解離性障害などもよく見られます。
さらに、なぜか仕事がうまくいかない、自信がない、仕事に関連する対人関係に不安を感じる、ミスが多い、いつまでたっても経験が積み上がらない、怒りの感情を抑えられない、ワーカホリック、パワハラといったこともトラウマによって生じます。
心身の不調や、なぜか仕事のパフォーマンスが上がらない、職場で問題行動を取ってしまう、といった場合は、トラウマを一度疑ってみる必要があります。
さらに、ストレス障害(トラウマ)は、発達障害様の症状を生むことが分かっています。近年、ストレス障害(トラウマ)によって引き起こされたそうした症状のことを専門家は「第四の発達障害」と呼んでいます。
「自分は発達障害かも?」と思うような症状が、実は、ストレス障害が原因だった、ということがあります。職場でも、発達障害と診断されたりした人が、実はそうではないということは十分にありえます。
発達検査などでも、本来の発達障害なのか、トラウマ由来のものかを鑑別することは難しいとされます。
トラウマを克服するためには何が必要でしょうか?
専門的には、「環境を調整する」「身体(自律神経など)を回復する」「自己(セルフ)を再建する」「記憶、経験を処理する」「他者(社会)とのつながりを回復する」という視点で取り組んでいきます。本記事では紙幅の都合もあり全てを伝えることはできませんが、トラウマ克服についての大切なポイントのいくつかを簡単に紹介します。
まず、トラウマの中核は「自己の喪失」だということです。特に発達性トラウマは、自己の喪失が必ずといってよいほど伴います。トラウマのさまざまな症状とは自己を喪失した結果、内的、外的な秩序を回復できないために生じているといっても過言ではありません。
そのため症状の改善は自己(セルフ)の再建へのアプローチがなければ進まないのです。自己の再建とは、パソコンやスマホで言えば、ログインできない状態を解消し、ログインできる状態にすることです。
しかし、しばしば生じることとして、トラウマの原因となった自己中心的で感情的な人たちや家族のようにはなりたくないとのことから、自分のエゴや感情も脇に置き、俗なものを迂回して、理想的な境地を目指そうとすることがあります。ログインを回避する方向にとりくんでしまうことを“ログアウト”志向といい、解決の妨げとなります。
さらに、ややこしいことに、解決を目指すはずのカウンセリングや心理療法、自己啓発自体が“ログアウト”志向になっている場合も珍しくありません。自己の喪失が特徴であるトラウマに対して、ログアウト志向のアプローチを行っても、一時的な癒やしにはなりますが、本当の解決にはなりません。
自己を再建するためには、自分のエゴや感情、価値観を素直に表現できるような取り組み、ケアを行う必要があります。
ログイン志向の視点で行うと、ケアの効果が全く異なります。例えば、職場においても、社員が自分の意見や感情を適度に表明しやすい環境を作ることは、トラウマによる問題を低減し、働きやすさにつながることが分かります。
うつ状態、不安、働けないなどの不調に陥った際には休養が必要です。しかし、休養とはただ家で休めばいいというわけではありません。家は必ずしも安全地帯ではありません。家は不安と焦燥を感じる空間であることが少なくありません。
以前、私のクライアントがスマートウォッチを用いて実際にリラックスしている状態を調べてみました。すると家の中が一番緊張していた、と報告してくれたことがあります。意外にも、リラックスしていたのは、家の外で利害のない人間関係の中にいるときだったというのです。
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明治学院大学 経済学部准教授