できることからDXにむかって――JFA 鈴木隆喜氏デジタル変革の旗手たち(1/2 ページ)

「サムライ・ブルー」の愛称で親しまれているサッカー日本代表のイメージが強い日本サッカー協会(JFA)だが、実は代表チーム強化はその取り組みの1つにすぎない。サッカー競技の普及と振興を図り、国民の心身の健全な発達に寄与することを目的として設立された公益財団法人であり、その活動の幅は広い。現在の目標は、2050年にサッカーを愛する仲間であるサッカーファミリーを1000万人にすること、FIFAワールドカップを再び日本で開催し優勝することの2つである。取り組みの一環として、ITを活用したDXにも取り組んでいる。JFAのDX推進について、ITmediaエグゼクティブ プロデューサーの浅井英二が話を聞いた。

» 2023年08月29日 07時05分 公開

 2021年9月に創立100周年を迎えた日本サッカー協会(JFA)では、「サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する」という理念の実現に向け、新たな歩みを始めている。取り組みとしては、サッカーの強化と普及、社会の発展への貢献の大きく3つ。社会の発展への貢献では、被災地復興支援や国際交流・アジア貢献活動、小中学校の子どもたちに「夢を持つことの大切さ」などを伝える活動など、サッカーを通じた社会の発展への貢献とSDGsを推進する。

 またサッカーの強化では、強く、魅力ある日本代表をつくるため、強化、育成、指導者養成、普及の「四位一体」を推進。一方、技術力(器用さ)、俊敏性、持久力、組織力、勤勉性、粘り強さ、フェアネスを特徴とする「Japan's Way」を全国の指導者やサッカー関係者と共有し、ユース年代をはじめとする各カテゴリーに広く浸透させる。そして「なでしこジャパン」を再び世界トップにすることを目的に、2020年にスタートしたプロのWEリーグとも連携しながら中高生年代の競技会を整備し、女子サッカーの強化、育成、普及にも取り組んでいる。

 さらにサッカーの普及では、サッカーファミリー(サッカーを愛する仲間)一人一人とつながるアプリ「JFA Passport」を2022年11月11日に公開したほか、アプリや選手などのデータを活用するためのIT基盤、およびシステムを開発。有益な情報やサービスを提供しながらサッカーファミリーの充実したサッカーライフをサポートすることで、2050年までにサッカーファミリー1000万人の達成を目指している。JFAのDX推進について、情報システム部 部長の鈴木隆喜氏に話を聞いた。

左から、情報システム部 副部長 福岡敬志郎氏、部長 鈴木隆喜氏、主任 廣石貴也氏

DXの推進でサッカー競技の裾野を拡大

 「JFAは日本における唯一のサッカー統括団体です。プロからアマチュアまで全てを一元的に統括しているという点では他に類を見ない団体となっています。それは同時にサッカーに関わる膨大なデータを管理する立場にある組織であることを意味しています。その産み出しうるデータ的な価値やIT/デジタルを活用した影響の大きさに惹かれて2021年にジョインしました」と話すのは、新卒で大手ITベンダに入社し、そののち組織規模の異なるITサービス系の上場ベンチャー2社で執行役員CIOやホールディングスのグループIT本部長など、約15年にわたり各企業のIT戦略を統括してきた経験をもつ鈴木隆喜情報システム部長だ。

 「これまではIT自体を商材としている企業でしたので、非ITを主業としている会社で事業の改革に貢献できるのではないか、チャレンジしてみたいと考えたことも理由の1つでした」と鈴木氏。

 日本代表をサポートする組織というイメージがあるJFAだが、それは活動の一部にすぎない。全世代の選手のサポートから、より良い指導者の育成、審判員の養成や強化など活動の幅は広い。目指すゴールは日本のサッカーを強くすることだが、そのためには競技人口を増やすことが必要で、子どもたちにいかにサッカーを始めてもらうか、サッカー界全体をいかに盛り上げていくかが大切な活動となっている。

 取り組みの1つとして期待されているのが、デジタル基盤の構築によるDXの推進である。鈴木氏は、「JFAは早くから“KICKOFF“と呼ぶシステムによる登録管理の仕組みを運用していましたが、基本は資格管理の仕組みであり『人』というより『資格』にIDが振られている構造でした。そこを一意に『人』に対してIDを付与する仕組みとしてJFA IDが開発され、既に10年近く運用されています。ファンとしてIDを取得された方々のほか、審判や指導者資格をお持ちの方々には既にIDをお持ちいただいていますが、選手はチーム経由で選手登録が行われるなどの事情から進んできませんでした。個人にIDを持っていただくというのはDXの必要条件であることは言うまでもありませんが、JFAの中心的なターゲットである選手個人にIDの付与が進んでいないという状況が長く続いてきました。当然これは協会としても非常に重要な課題として認識し、現在まさに具体的な施策として計画が進行中です。これが進むことで本格的にデジタル基盤の構築とサッカー界のDXが進み始めることになります」と話す。

 最終的には、JFA IDを軸に選手・審判・指導者はじめファンに至る全てのサッカーファミリーに対してそれぞれに合った機能と情報を提供し、より快適により楽しくサッカーと関わり続けてもらうようにすることが目標で、こうしたDXを通じてJFAの目標であるサッカーファミリー1000万人の達成を目指すものであるという。

選手の体力・身体測定アプリをローコードで開発

 日本のサッカーを強くするためには、選手の体力測定データなどを基に、どのようなトレーニングメニューを提供すれば効果的かをトラッキングするような取り組みも重要になる。過去20年、JFAでもアカデミー組織での計測データを蓄積する取り組みが行われてきたが、Excelに保存するところで止まってしまっていた。

JFAには技術委員会と呼ばれる、日本代表の強化、指導者の養成、ユース年代の選手育成、さらにはグラスルーツの拡大に関する事項について担当する特別組織が置かれている。その配下の、世界で戦えるフィジカルの構築と個人特性に合ったフィジカル要素の向上を役割とする「フィジカルフィットネスプロジェクト」(通称:フィジプロ)においてその課題がとりあげられた。

 鈴木氏は、「当初はExcelで貯められたデータをDBにしたいというだけの相談でしたが、将来に渡り継続的にデータが取り込まれる仕組みを作らなければ同じことの繰り返しになると考え、計測会の現場で使う簡単なモバイルアプリケーションの構築までやることをこちらから提案して進めました。今は単なる記録ツールですが、これを発展させていき全国で当たり前のように使われるものにできれば、全国のチームにデータを基にしたさまざまな仕組みを提供することも夢ではなくなります。これは日本のサッカー界にデータという強力な武器を提供する取り組みの始まりだと考えています」と話す。但しそういった将来を目指すためには、計測項目の標準化などJFAを中心としたさまざまな取り組みが必要となるという。

今回の開発にあたっては、いかにコストをかけずに『分かりやすい』ものをスモールスタートで実現するかという課題も立ちはだかっていた。実際の利用者となるサッカーの指導者や関係者は、必ずしもITの利用が得意な人ばかりではなく、ちょっとでも使いにくければ受け入れてもらえない。そこでたどり着いた施策が、ローコード開発ツールを使って内製を基本にアジャイル開発をしていくことだった。

 情報システム部副部長の福岡敬志郎氏は、「これまでは開発会社に全面的に開発を委託することが基本となっていました。ただこれだと先に要件を全て洗い出して費用を決めて作り切ることが求められます。今回取り組んだようなサッカーの現場というのはあまり一般的でないため、机上でどのようなものを作るかを決めきることが難しく、手が出しづらい状況がありました。また要件を出すユーザー部門自身も具体的にITを使って何ができるのか、何を作りたいのかイメージが沸いていないことも多く、実際に動くものを見せながらイメージとアプリケーションを刷り合わせていく、まさにアジャイル的な開発手法が最適でした。」と話す。

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