就職するまでコンピュータにまったく興味がなく、触ったこともなかったIT担当執行役員は、なぜキッツのDXを実現させることができたのか。従来から大事にしてきたのは、何事も試してみる精神だった。
1951年に株式会社北澤製作所として設立され、青銅製バルブの製造・販売を開始。1992年に現在の社名に変更した総合バルブメーカーのキッツ。現在、中核であるバルブ事業を国内19拠点、海外17拠点で世界50カ国以上に展開。そのほか水素事業、伸銅品事業、ホテル事業にも取り組んでいる。同社は2021年の創業70周年を機に、企業理念である「キッツ宣言」を改訂し、創業以来培ってきた流体制御技術と材料開発をさらに磨き、社会インフラを支え続けていくための取り組みも推進している。
また2022年2月には、長期経営ビジョン『Beyond New Heights 2030「流れ」を変える』を公開。キッツ宣言の実現に向け、コアビジネスの基盤を強化するとともに、効率化に欠かせない「デジタル化」、およびカーボンニュートラルの実現に向けた「脱炭素化」の2つをキーワードに、リスクを恐れず成長ビジネスへの参入を加速し、ビジネス領域をシフトさせる両利きの経営を目指している。そのためには、社員一人一人が意識改革を実践し、新たな高みに挑戦することも重要になる。
ビジョンの実現に向けたIT、デジタル化戦略、およびビジネス変革について、執行理事 CIO・IT統括センター長の石島貴司氏に、ガートナージャパン エグゼクティブ プログラム リージョナルバイスプレジデントの浅田徹氏が話を聞いた。
――まずは、これまでのキャリアについてお聞かせください。
バブルが崩壊する前年の1990年に日産自動車に就職しました。理由は単純明快で、車が好きで、日産が好きだったからです。入社後、工場で3カ月の研修期間中に、なぜか情報システム部門に配属されました。学生時代コンピュータに興味もなければ、触ったこともなく、配属されることとなった情報システム部門のある相模原の事業所すら知りませんでした。情報システムにまったく興味がなかったので、すぐに退職しようかとも考えたのですが、せっかく与えられた使命なので、とりあえず3年間頑張ってみることにしました。
――3年間、ITにかかわってみて変化がありましたか。
相模原の事業所は、アフターサービスのための部品を取り扱っていて、国内外のアフターサービス部品物流を担う中心的な拠点でした。そこで情報システムを3年間担当し、アフターサービスという業務に面白さを感じました。車両のサプライチェーン関連のシステムでは、設計、生産、販売などで担当部署が分かれています。一方、アフターサービス関連システムは、部品の設計から入出庫、在庫管理、物流、販売まで、全ての業務システムを一部署で担っていたため全ての工程にかかわることができました。その経験から会社の全ての業務にかかわれるのは、社長以外では情報システム部門だけだと気付いたのでこの仕事を続けてみたいと考えるようになりました。
次に配属されたのは、自動車の設計、開発を行っていた事業所(山に囲まれて外からは全く何も見えない地球防衛軍のような事業所)で、当時データセンターがあり基幹システムが運用されていた厚木の事業所でした。当時はコンピュータの能力がどんどん向上している時期で、厚木の事業所では本社や各工場などに分散されていたメインフレームを統合するプロジェクトが動き出しており、なぜか業務システム担当だった私もITインフラ担当になりプロジェクトに参加することになりました。メインフレームの統合が終わると、正直海外にはあまり興味がなかったのですが、米国の拠点への異動が決まりました。これも予想外の展開で、意外な方向にキャリアが進みました。
米国から戻ってしばらくして、今度は会社が倒産の危機に陥り、仏ルノーと提携することを出勤前の朝テレビのニュースで知り、COOとしてカルロス・ゴーン氏がやってきました。
――カルロス・ゴーンという人は、どんな人でしたか。
彼は、いろいろと事件が報道されましたが、非常に優秀なビジネスパーソンで、個人的には教科書どおりの正しい経営を当たり前に実行する人だと感じました。これまで長く続けていた悪しき仕事のやり方やマネジメント方法、変えるべきと分かっていても長年のしがらみなどで変えられなかったことを全て排除して、工場の最適化や、販売店の統廃合、取引先との関係変更や調達プロセスの変更、厳格なコスト管理への変更など、全てを「コミットメント(必達目標)」として、実現できなければ本当に会社を辞める覚悟だったと思います。
コミットメントに基づいて、トップから現場までの全ての評価制度も結果主義、公正に変え、従業員にはあらゆる情報を与えました。「テレビで会社の倒産危機を知るなど問題外」ということで、全ての事業所にテレビを設置し、新しい発表がある場合、ニュースよりも先に自身の言葉で従業員に伝えていました。
当たり前のことを教科書どおりに実行するのは、人間関係や長年のしがらみ、慣習などで実は相当難しく、DXの推進も全く同じで、DXは特別なことではなく、結果にこだわり、当たり前のことを、当たり前に実行することが、時代の変化に追随し、変革するということだと学びました。
それと、本人に聞いたわけではないのであくまで勝手な私見ですが、世界一の自動車会社はもちろん、ダイバーシティ世界一の企業を目指していたのではないでしょうか。レバノンで生まれ、ブラジルで育ち、仏国の学校、米国や仏国などの仕事と、さまざまな国での生活を経験したことで、ダイバーシティの強さを肌で感じていたのかもしれません。違う発想を持つもの同士で議論をし尽くせという考えで、オフィスのどこに行っても議論だらけでした。大変な面もありますが、ダイバーシティを貫くことで、より他社にはまねができない高い価値観で勝負ができると感じました。
日産の情報システム部門での最後の仕事は、仏ルノー社への出向以降のITの標準化を進めつつ、さらに組織をバーチャルに統合し、アライアンスでガバナンスを構築し人的リソースの有効活用を進めることでした。こうした取り組みにより、2017年には夢だった世界新車販売でルノー・日産連合で初の首位になれました。会社が夢を実現したこと、自分の仕事に一区切りができたこと、同じ会社に長く居たことから2018年にキッツに転職することにしました。
――転職先にキッツを選んだ理由をお聞かせください。
2018年に50歳になったこともあり、一度リセットしようと転職を決めたのですが、残り10年〜15年と考えたときに、日産のような大企業では人間関係の構築や企業文化の理解だけで終わってしまい貢献できないと考えました。そこで従業員数1万人以下の製造業でグローバルに果敢にチャレンジしていこうとしている会社を探しキッツを選びました。
入社時は2018年末に向けた基幹システム再構築プロジェクトの真っただ中で、直接的には関われませんでしたが、PMO(Project Management Office)として基幹システムの全体像を把握できました。基幹システム再構築後は、基幹システム以外のテクノロジーにも変革の推進、会社自体のDXも必要でした。
そこで会社が変わっていくための空気を作ること、ITを徹底的に新しくすることを目指しました。またもっと効率的に働ける環境にすることが求められていたので、現場で使うITツールを新しいものに刷新し、次に自動化、効率化を徹底的に推進するためのRPAを導入するなど、まずは働き方大改革を実施しました。
大きな変革をし過ぎたため、当初は現場からかなりの抵抗がありましたが、その直後に新型コロナウイルス感染症が拡大したことで、仕事のやり方を変えざるを得なくなり、これまで行っていなかったリモート会議や在宅勤務が必要になり、新しく導入したツール群が効果を発揮しました。
これにより、変革の価値が認められ、コロナ禍も乗り越えることができました。この経験から社内の空気が一変し、現在は全社の4分の1程度の従業員が何らかのDX推進活動にかかわっています。こうした取り組みが評価され、2024年4月15日に経済産業省の「DX認定事業者」を取得できました。今後3年以内には「DX銘柄」に選定されたいと考えています。
――DXは業務だけでも、ITだけでも実現できません。いかに一緒に貢献するかが求められます。もともと会社の風土としてDXを推進しやすい環境にあったのでしょうか。
キッツという会社は、珍しく各部門が本当に協力し合える雰囲気が以前より醸成されていました。基幹システム再構築でも、営業から設計、生産、物流まで全ての部門が協力し、稼働後に問題が発生しても、関連部門が協力して問題解決にあたっていました。その背景には、社長がデジタルやITに対する理解があり、今後の事業を成長させていくキードライバーの1つであると位置づけてくれたことが大きいと思っています。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授