「Failure is good !」 起業家教育の世界的リーダーが明かすビジネスの神髄

米バブソン大学 山川恭弘氏が実践する起業家教育は、経営理論中心の一般的なプログラムとは大きく異なる。教えているのはイノベーションを生み出すための源であり、ビジネスリーダーやCIOにこそ必要なものだ。

» 2025年06月03日 07時00分 公開
[星原康一ITmedia]

 「Failure is good !(失敗は良いことだ)」――現代経営学の基礎を築いたピーター・ドラッカー氏から直接の薫陶を受け、起業家教育の分野で世界の先頭を走る米バブソン大学 アントレプレナーシップ准教授 山川恭弘氏が、日本のCIOを前に何度も強調した言葉である。

ALT バブソン大学 アントレプレナーシップ准教授 山川恭弘氏

 5月12、13日、東京都文京区のホテル椿山荘東京で招待制イベント「CIO Japan Summit 2025」(主催:マーカス・エバンズ・イベント・ジャパン・リミテッド)が開催された。本稿では、同イベントの初日に催された基調講演「バブソン大学流、失敗を力に変える ― 日本企業経営者も学んだアントレプレナーシップの真髄」の内容をダイジェストでお伝えする。

自分から始まる「世界を変える力」

 「世界を変えるには、まず自分が変わらなければならない」

 講演はこの一言から始まった。

 社会には、解決すべき課題が山積している。しかし、不平不満を並べるだけの人が大多数だ。大切なのは、自分がその課題に当事者として関わり、世界を変えていくという姿勢だ。

 コロナ禍に実施されたグローバル調査では、日本は「不平不満を口にする国」で世界一だったが、「実際に変化を起こす行動をとったか」では最下位だったというデータも紹介された。この乖離(かいり)を埋めるヒントがアントレプレナーシップにあると、山川氏は説く。

企業の存在意義はお金を儲けることではない

 「世界を変える」という意識は、意欲ある起業家が備え持つことが多く、企業人やリーダーはあまり口にするものではない。

 本来、企業は何らかの課題を解決するからこそ存在するものだ。しかし、日常業務に埋没すると、その「そもそも何のために事業をしているのか」という視点を忘れがちになる。

 バブソン大学が重視する起業マインドは、まず、スタートが「Problem Driven(課題起点)」であること。また、ゴールには「Profit(利益)」のみならず、「People(人々)」「Planet(地球環境)」も含めた“トリプル・ボトムライン”への貢献を設計すること。その上で、企業や個人の「Purpose(存在意義)」を定めることとしている。

 その意義について、山川氏は「The purpose of a company is not to make money(企業の存在意義は、金儲けではない)」としたうえで、次のように語った

 「例えば、車を動かすには燃料が必要だが、燃料を消費することが車の存在意義ではない。車は人や物を運ぶためのものであり、燃料はそのために用意しないといけないもの。同じように会社の存在意義は、お金儲けをすることではなく、大儀を果たす、社会貢献を遂げることにある。お金はそのための手段にすぎない。この目的と手段を見誤ってはならない」(山川氏)

 この視点は個人にも当てはまる。講演では、バブソン大学の同僚が日本語の「生きがい(Ikigai)」という言葉を好んで使うことを紹介し、その理由を「What you love(好きなこと)」「What you are good at(得意なこと)」「What you can be paid for(生活の源になること)」「What the world needs(世の中が求めていること)」のすべてが交わる場所にある概念であり、個人の存在意義そのものであると説明した。

行動こそが全てに勝る──バブソン流の実践哲学

 バブソン大学のアントレプレナー教育の中核にあるのは、「起業家になれ」ではなく「起業家的に考え、行動せよ」という哲学である。

 同大学が「Entrepreneurial Thought and Action(起業家的思考と行動)」として提言しているのは、以下の3つである。

  • Action Trumps Everything(行動は全てに勝る!)
  • Anticipate Tolerate Embrace Failure(失敗を恐れるな!)
  • Ask Trust Enroll Others(まわりを巻き込め!)

 この行動指針に沿って、「Act → Learn → Build」を繰り返し、学びに固執せよ、というのがバブソン大学で最初に教えることだ。

失敗は資産

 講演中、時間をたっぷり使って山川氏が何度も繰り返した言葉が、「Failure is Good」である。

 バブソン大学では、1年生の必須科目「FME:Foundations of Management and Entrepreneurship(経営とアントレプレナーシップの基礎)」において、学生チームそれぞれに最大50万円程度の資金が与えられ、1年をかけて実際に起業からエグジットを経験し、成果を発表する授業がある。この授業の評価基準は売り上げや利益ではなく、「どれだけ失敗し、どれだけ学んだか」だ。

 「あるチームでは、ジャケットをモジュール型でカスタマイズできるビジネスをスタートした。マーケティングも、プレセールスも、事業開始前にやるべきことはすべてやったが、4月中旬のクローズ期間までに商品が届かず、成果としては何も残せなかった。それでも、プレゼンテーションは、Failure is Goodで満たされていた。なぜその失敗が生まれたのか、どうやったら防げたのか、次にまたやるのであれば、どうすれば良いか。非常に学びが多く、最も高く評価された」(山川氏)

 失敗を尊ぶマインドは、心理的安全性の面でも大きな効果がある。失敗を共有し、反対意見が許容され、聞きにくいことも聞ける。そんな環境でこそ、創造的なアイデアや挑戦が生まれる。「Feedback is your friend、not your enemy(フィードバックは敵ではなく友)」という言葉が象徴的だ。

社会を変えられる立場にある日本のCIOたちへ

 講演の最後に山川氏は会場のCIOらに「忍辱(にんにく)」という仏教用語を送った。

 「この言葉は、外界からのプレッシャーなどに耐え忍ぶことを指している。また、自分でできないこと、見たくない自分をも認めるという意味がある。自分の失敗から目をそらさず、認めることで忍耐力が向上する。結果として、ものごとを正しく認識でき、他者に寛容になり、人間関係が良好になる」(山川氏)

 成功に近づく唯一の道は、失敗を成長のステップに変えられるかどうか。そもそも、行動を起こさなければ、失敗も積み上げられない。日本のCIOが行動を起こせば、日本の社会が変わる。聴講者の背中を強く押して、講演を締めくくった

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