IT導入に成功したことを自慢する経営者がいる。大いに結構なことだ。しかし、企業を取り巻く環境が目まぐるしく変化する中、20年以上も前に導入したシステムにかじりつかれていても……。
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「わが社はIT導入に成功しているので、もう大丈夫だ」と思い込んで、IT導入に無関心になりきっているトップがいるものだ。システムを導入したばかりならしばらくはそう思い込んでもいいだろうが、客観情勢も主観情勢も刻々と変化している中、いつまでも成功体験に酔いしれているのは危険である。ITに限らずトップは常に現状に疑問を呈し、脱皮しようとする姿勢が必要である。それが企業の生き残りと発展につながる。
「IT導入に成功していてもう打つ手はない」という誤った認識を実例で示そう。中堅情報機器メーカーA社の例である。
ある日突然、B社長はどこから聞きつけてきたのか、ERP(統合基幹業務システム)を導入すると言い出した。情報システム部門のC部長は、ERPを導入するには業務プロセスの改革が必要であり、わが社にはその力がないので、パッケージを大幅にカスタマイズしなければならず予算が必要だと主張したが、B社長は業務改革を断行すると宣言し、全社から精鋭を集めてプロジェクトチームを結成した。トップが言い出しただけあって、見事ERPの導入に成功した。
それから2年、A社のCIO(最高情報責任者)とC部長は次のステップとして、営業情報と生産計画と在庫の関係がかなり複雑化しているので、将来的にはCRM(顧客情報管理)までを視野に入れてSCM(サプライチェーンマネジメント)を導入したいと計画した。しかし、B社長はERP導入でエネルギーを使い果たしたかのように、一切耳を貸さなかった。B社長の言い分は、「わが社はERPで先進経営の域に達した。これ以上のIT化は不要だ」だった。CIOやC部長が取り付く島もなかった。
別の事例を紹介する。従業員300名ほどの電気製品販売会社D社は、1991年にそれまでのメインフレームに変えて、クライアントサーバシステム(CSS)を導入した。導入に当たり、CIOから「日本一のシステムを構築しよう」と言われた情シス部長は大いに意気込んだし、トップも簡単に設備投資を認可した。
メインフレームのレンタル料、専用回線使用料などを勘案すると、新システムは明らかにコスト効率が向上した。支店も含めて全国に構築したCSSは当時としては画期的なシステムであったし、威力を発揮した。ところが、その後世の中の技術はインターネット、モバイル、ユビキタスと進歩しているのに、トップは当時の「日本最高レベルのシステム」を過信して、担当者がさらに提案する新技術には目もくれなかった。現在では会長の座に就いている当時のトップは、20年近く経つ今もシステムに手を入れることを認めない。D社は、ITの新技術を次々導入する取引先との業務連携がうまくいかなくなっている。
D社の問題は、単純に新技術を拒否しているということだけではない。20年もの間に市場や取引先との関係は変化しているはずだし、経営目標や業務プロセスも不変であるはずがない。D社を取り巻くさまざまな情勢は大きく変化しているのにもかかわらず、システムを放置していたことにある。
変化に対応できるように、ハードウェアはもちろん、ソフトウエアも単純な業務効率化から最適化、最大化、価値の創造へと変化してきている。新しい経営手法と、それに適した新しいシステムが次々に生まれている。D社のように過去の栄光にしがみついていると、市場の変化、システムの変化に置いていかれる。
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早稲田大学商学学術院教授
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明治学院大学 経済学部准教授