経営者はエージェントを持つべき時代戦略コンサルタントの視点(1/3 ページ)

経営者は、大規模かつ多数のプロジェクト群を立ち上げ、企業の変革を強力に推進するべく、強力なエージェントを持つ時代が来たと言えます。

» 2010年08月24日 09時17分 公開
[大野隆司, 大久保 達真(ローランド・ベルガー),ITmedia]

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 前回の「進まぬ変革、いら立つ経営者、結局は陣頭指揮しかないのか」では、EIO(Executive's intelligence office)という改革推進組織の考え方について論じました。ローランド・ベルガーがこのEIOを生み出すきっかけとなったのは、定番的なプロジェクト・マネジメント手法が、企業の変革には無力であるという問題意識からでした。

 今回は、PMBOK*1などの定番のプロジェクト・マネジメント手法をベースにしたPMOの限界を明らかにした上で、EIOとPMOの違いや使い分け方について考えてみます。

*1:Project Management Body of Knowledgeの略。システム構築用のプロジェクト・マネジメントのルールやテンプレートを集めたもの。システム会社で多く利用されている。

課題を設定することと、設定された課題を解決することの差

 PMOが抱える最大の問題点は、課題設定ができない点にあります。

 課題設定とは、経営者の不安や悩みを明確にし、その解決に必要となる取り組み(プロジェクト)を定義することと言えます。

 ここで、不安や悩みの単なる裏返しが、的を射た解決策にはならない点に注意が必要です。「品質が悪い」と悩む経営者が、「品質を上げましょう」という提言を聞いても「それで?」となってしまいます。

 課題設定には、経営者の不安や悩みの真因を突き詰めることが重要です。経営者の不安や悩みには、多くの要因が互いに影響しながら関係しています。その構造を洞察し、根底に潜む真因を特定できなければ、不安や悩みを解消できません。

 また、解決のための取り組み(プロジェクト)を、システムなどの特定領域に限定して考えるべきではありません。

 経営者の意志決定には、業務プロセス、組織・人事、システムなどの領域の制約がありません。幅広い領域から、最適な解決策を選択することが求められます。それにも関わらず、プロジェクトの候補を、IT、人事評価、組織設計など、自社の得意領域のみで発想し、提言するコンサルティング会社が多いのは残念なことです。

 定番のプロジェクト・マネジメント手法を用いるPMOは、このような課題設定やプロジェクトの定義の役割を果たせていないのが実態です。

 PMBOKを推奨するプロジェクト・マネジメントの団体から公開されているアンケート結果によると、PMOの業務として最も多いのは「プロジェクトの状況把握と火消し」であり、次いで「基準・指針の提供」「ツール・テンプレートの提供」などが続いているのは、象徴的です。

 これらのPMOは「課題を設定する」役割は担えず、言うなれば「設定された課題を解決する」役割を担っているのです。

課題設定から考えるEIO

 われわれは、このような定番とされているプロジェクトマネジメント手法を用いたPMOサービスでは、経営課題に対峙する経営者の焦りやいら立ちを解消できないと考えます。

 そもそも経営者の課題解決の鍵は、経営者として取り組むべき課題を正しく設定する段階にあるからです。

 われわれはこのような経営者の課題解決のためには、前回説明したようなEIOという改革推進組織が必要との結論に至りました。

 EIOはプロジェクトの初期段階で、課題の設定から考えます。そして課題の解決に必要となるプロジェクトを定義し、変革の対象となる業務プロセス、組織・人事、システムなどの領域を設計する役割を担います。

 次に、このEIOの役割について、プロジェクトのライフサイクルの考え方を交えて具体的に説明します。

プロジェクトと人生 EIOとPMOの役割の違い

 プロジェクトは人生に似ています。

 自らが存在することの意味を考え、そして使命を見つけだし、それを懸命に遂行し、やがて幕をおろす。プロジェクトにもライフサイクルがあります。(図1)

 「戦略立案フェーズ」では、変革に必要なプロジェクトを正しく定義します。まずは、プロジェクトを行う意味があるか否かを素早く判断することが必要です。プロジェクトの範囲、スケジュール、メンバー、費用対効果、リスクなどを検証し定義したうえで、意味があると判断する場合には遅滞なくプロジェクト立ち上げることが求められます。

 「オペレーション設計フェーズ」では、戦略を実現するために必要となる、組織・人・業務プロセスやシステムといったオペレーションの内容を的確に設計します。このフェーズの後半では、実装や実行を担うさまざまな企業――システムベンダー、コンサルティング会社、設備業者など――の選定や調達も行います。

 「実装/実行フェーズ」では、プロジェクトを当初の計画通りに、確実に完了させることが最も重要です。

 このフェーズに入ってくると、やるべき仕事は「工業化」の色合いが急速に高くなってきます。ここで言う工業化とは、スケジュール策定や工数見積もりなどの予実績のずれを小さくすることや、仕事の進捗管理を定量的に行うことが可能となってくるということを意味します。

図1:プロジェクトのライフサイクル

 EIOは主に工業化の度合いが低い「戦略立案」「オペレーション設計」フェーズを支援し、改革に必要なプロジェクトを具体化し、改革を推進します。

 これに対して、定番のプロジェクト・マネジメント手法を用いるPMOは、この工業化された「実装/実行フェーズ」領域において有用と言えます。

 EIOを、あえて工業化との対比で比喩すれば、「創作活動」の領域と言えます。この「創作活動」の領域では、定番の手法に頼ることは出来ません。従ってEIOでは、メンバーのケイパビリティこそが重要となります。

 以下では、EIOに求められるケイパビリティについて、PMOとの比較を交えて説明します。

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