『ニュービジネス創造の勘所』をテーマに銘打った、エグゼクティブリーダーズフォーラム主催、第34回インタラクティブ・ミーティングに、株式会社ヴィレッジヴァンガードコーポレーション代表取締役会長、菊地敬一氏が登壇。ユニークな品ぞろえで多くの消費者の心を捉える同社の経営戦略を語った。
「カクテルセット、コースター、ミニ七輪、焼酎グラス、泡盛や焼酎に関する本、JAZZのCD」。これらを棚にうまく陳列したら、ヴィレッジヴァンガードの店舗内の一隅が出来上がる。酒をテーマにした商品提案になるわけだ。
もっとも、同社の創業者で代表取締役会長、菊地敬一氏によると、この品ぞろえの提案はあまり出来が良いとは言えないそうだ。
「この品ぞろえはあくまでサンプルで、投資家に当社の事業内容を理解してもらうために作ったものです。まぁ、投資家相手にならこの程度が一番分かりやすいかと」と言ってニヤリ。では、ご自分ならどうするか。「エリック・クラプトンのCD、中島らもの小説やエッセイ、古今亭志ん生のテープや関連本などを加えて、『平均年齢52歳』というコピーを付ける。今挙げた人たちは皆アルコール依存症です。そしてアルコール依存症の人の平均寿命は52歳なんです」。菊地氏にかかると、どんなテーマの陳列パターンも深みが出て、さらにブラックも含んだユーモア精神もにじんでくる。カクテルセットや焼酎グラス、ミニ七輪の隣にクラプトンや中島らも、志ん生の本やCD、関連グッズが置いてあれば、おそらく40代以上の人の多くは、目を見開いてしばらくその場を離れなくなるだろう。
菊地氏にとって、こうした雑貨や本やCDの組み合わせによる棚作りは知的興奮を伴う作業だという。雑貨とCDと本を同じ店舗内で売るという試みは他の小売業者もやっている。しかし、焼酎グラスの隣に志ん生のテープとクラプトンのCDを置くなんてことはしない。一般の書店は新刊本や売れ筋の本を棚に置くが、ヴィレッジヴァンガードはそうしたものは置かない。複合店の場合はCDはCDコーナー、雑貨は雑貨のみで置かれることがほとんどだ。一方ヴィレッジヴァンガードでは雑貨や本やCDが個別に陳列、販売されているのではなく、菊地氏の言い方で言うと、あるテーマで編集された「融合された状態」でお客の驚く顔を待ち構えているのである。
菊地氏は登壇して早々、自ら作成したプロフィールを読み上げる。
菊地氏は書店員の前は出版社の社員だった。出発点は書籍、雑誌なのである。そして『ニュービジネス創造の勘所』というテーマで登壇するにはそれなりの理由がある。まずはヴィレッジヴァンガードコーポレーションは創業以来25期連続増収増益、2009年度は売上高約366億円、経常利益約35億円という優良企業であるという点だ。残念ながら小さな書店から出発したのではここまでに成長はしない。「遊べる本屋」をキーワードにした新しいビジネスを創造したことで大きな成果が生まれた。ちなみに社名の「ヴィレッジヴァンガード」の由来はジャズ演奏を主とした、ニューヨークにある老舗ライブハウスだ。
菊地氏によると、出版社、書店と働く場所を変え、自分で事業を立ち上げようとしていたある日、遊べる本屋のイメージがふと浮かんだのだという。集客力はあるが利益率が低い本やCDと利益率の高い雑貨を一緒に売ったら、というアイデアは漠然とあったが、そのアイデアだけで事業がうまく回っていくとは思えなかった。そこにふと融合して陳列するアイデアが次々に浮かんできたという。菊地氏はその日湧き出てくるアイデアに満たされる幸せな瞬間を存分に味わったそうだ。愛するジャズのCD、好きな作家の小説、マンガ、そしてユニークな雑貨類、これらを組み合わせてある提案を具体的に棚に実現し、客がそれを見て「どうして自分の欲しいモノをこの店は知っているのだろう」と内心驚くというイメージがはっきりと見えた。
菊地氏は新事業創造のアイデアについて次のように語る。
「アイデアだけなら、そういうことを考えていた人は大勢いた。そして実際に事業として始めた人もそれなりにいたと思う。ほとんどがつぶれてしまったけれど。われわれも本の取次ぎ会社からは当初、『こんなのでうまくいくはずがない』と言われた。若者が好むユニークな雑貨を販売して人気のある店は当時たくさんあったが、チェーン展開がうまくいっていなかった。ヴィレッジヴァンガードがどうしてここまでこられたのか、現役の経営者が自分の会社についてあれこれ語るのはみっともないのでやめておくが、一つだけ言えることは、利益をキチンと出して本を売るという目標に対するモチベーションだけは、わたしは誰にも負けなかった」
付け加えると菊地氏のちょっと人を食ったようなユーモアの精神も、成功の秘訣(ひけつ)に入れてもよさそうだ。大人の遊び心が陳列棚に輝きを与え、「どうして自分のことが分かるのだ」と客に思わせるスパイスになっている。(「どうして自分のことが分かるのだ」といった客の反応は実際に全国各地の同社店舗で聞かれる感想だという。)
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早稲田大学商学学術院教授
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明治学院大学 経済学部准教授