第11回 ITmedia エグゼクティブ ラウンドテーブルでは、「アジアで勝つ 世界で勝つ」というテーマに合わせ、A.T. カーニー パートナー 深沢政彦氏が「日本企業のアジア市場における必勝法」と題した基調講演を行った。
A.T. カーニー パートナー 深沢政彦氏は、一言で「アジアで勝つ」と言っても、その意味はその企業が目指す姿によって異なると指摘する。アジアの各国市場でシェアを取りたいのならば戦術を探すことになるし、各国市場でのリーディングポジションを確立したいのであれば、戦略を立てる必要がある。あるいは、自社の主要市場がアジアになると考えるなら、企業の存立基盤自体の転換が求められるだろう。アジア市場をどうするか、の前に、まず自社がどうありたいかを明確にする必要があると語る。
アジアでも勝ちたいではなく、アジアでは何が何でも勝たねばならぬ、と考える企業の方が圧倒的に多いことは確かだろう。インドや中国からは圧倒的な資本力を持つ世界企業が台頭し始めた。その数は今後も増えていくだろう。こうした企業と五分に渡り合うには、彼らの母国市場において勝者でいることが必要条件だ。
「1970年代にフォーチュン500に入っていた企業の約300社は2000年になって姿を消している。それだけ動きが激しいということです。では、残った企業は何をして生き残ったのか。激動期に価値を創造し続けた企業では、地理的な拡大、マーケットシェアの拡大、新しい市場の創造が成長要因になっています。」と深沢氏は話す。そして次のよう続ける。
「これからはグローバリゼーション。そんなことは2000年初頭から言われていました。これからは発展途上国の成長がめざましく、市場が一気に拡大する。これもずっと言われ続けてきたことです。ここでは、アジアの市場がこれからどうなっていくのかを見ていきたい」
深沢氏はここで「ルイスの転換点」という理論に触れた。経済学者アーサー・ルイスが提示した「ルイスの転換点」という概念は次のようなものだ。経済が発展する過程では、農業(農村部)から工業(都市部)に余剰労働人口が移っていくが、ある時点で農業サイドの余剰労働力が底を尽く。このポイントを「ルイスの転換点」という。日本では、1960年代後半から70年がその時期に当たると言われる。転換点を境に、工業サイドの賃金が上昇を始める、経済成長の主要ドライバーが生産性の向上になるなど、じわじわと変化を遂げていくというものだ。
「中国については、1990年ごろに学問の世界で『ルイスの転換点ではないか』と議論され始めましたが、いまがどうやらその時、つまり労働人口が伸びなくなり、賃金が上がり始めるという転換点の最終段階にきたと言われています」(深沢氏)。深沢氏はそれを「スイートスポット」という言葉で説明する。
「経済が発展し始め、国が発展し個人の生活環境が整うことで死亡率は減少し、一方で、出生率は高止まる。そのために人口の自然増がこの差によって急激になります。そして、ある時点で死亡率の低下に歯止めがかかり、出生率が落ちて人口停滞もしくは減少という傾向が進んできます。そこで、人口増の時期を『スイートスポット(人口に占める生産年齢の比率が多い時代)』と呼び、いつ、どこの国で来るのかを調べることは、世界の消費者および市場をマクロ的に捉えるのに役立つのです」
スイートスポットは国の若々しさを計る尺度のようなもの、といえばいいだろう。幼いままでは、モノを買う力はない。自ら汗を流し生産に従事している人間が多ければ、賃金の上昇も毎年期待ができるので購買意欲も高い。スイートスポット内の国は経済成長を労働力の増加そのもので上昇させることができる。しかしスイートスポットが過ぎれば、労働力増加ではなく、生産効率向上などの別の方法で経済を成長させるしかなくなる。
中国でも賃金の上昇、収入の上昇が起きてきている。「自宅を除く資産が100万ドル以上」の富裕層が、2008年時点で約36万4000人。増えたのは富裕層だけではない。年間所得で3000ドルから2万5000ドルぐらいの中間層が劇的に増えたという。この中間層は3億3000万世帯ある。ただし、こうした中間層の中には、生活基盤を整えつつある過程の世帯もあれば、「ワーキングプア」の状況にある世帯もあるし、すでに退職した老後世帯もある。そしてこの退職した世帯は都市部では大きな比率を占めつつある。こうした多様性が生じつつあるのが中国の現在だ。
購買力のある中間層の増加が中国の市場を今、引っ張っているわけだが、スイートスポットの尺度で見てみると、そろそろその時期は終わりに近づいている。
深沢氏は中国市場について次のように話す。
「中国が重要な市場であることに間違いはありません。スイートスポットが最終段階を迎え、成長の土壌としてバランスのいい状態になっていることも間違いない。多くの企業にとって、今、もっとも魅力的に見える市場、根を張っておきたい市場はアジアの中でいえば中国が筆頭にくるのは当然のことでしょう」
スイートスポットの尺度で他のBRICs各国を見てみると面白い。ロシアは完全にスイートスポットの時期を過ぎていて、現在の好景気は資源高のみに支えられている傾向が強い。ブラジルとインドはまだスイートスポット内にある。しかし、人口動態の観点からより魅力的に見えるのは、ブラジルよりもインドなのだ。
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明治学院大学 経済学部准教授