「顧客志向」と一口に言っても、その直接の言葉を聞くだけでは不十分だ。顧客の実際の行動を観察するなど、潜在ニーズの発掘に積極的に取り組み、新たな価値を生み出すべく社内の各部門が連携していくことが求められる。
企業が商品やサービスを企画・開発する際、顧客の声を参考にすることはよく行われるが、顧客の声をダイレクトに反映しても成功なかった、というケースは少なくない。顧客の声を取り入れて商品やサービスへと反映させることに、多くの企業が悩んでいるはずだ。何故なら、顧客は自らの行動について完全に把握しているわけではなく、むしろアンケートなどでは「こうありたい」という欲求を基準として考え、回答しがちだからである。
6月16日に開催されたエグゼクティブ・リーダーズ・フォーラム 第36回 インタラクティブ・ミーティング「顧客志向の新製品開発」において、関西大学 商学部 教授/ワシントン大学 ビジネススクール連携教授 の川上智子氏は、「顧客志向の新製品開発」と題した講演で、こうした顧客の声についての問題を取り上げた。
「『顧客志向』を実現するためには、顧客情報の収集・共有・利用の各段階が必要。このいずれの段階も重要なものであり、トライアスロンの3つの競技がいずれも重要であるのと同じ」と、川上氏は説明する。
「このうち顧客情報の収集段階に注目すると、ITを活用することでクレームや改善情報、アンケートなどの情報収集は容易になったが、潜在的なニーズの発掘に繋がる消費者行動の把握は、今なお難しいまま。顧客自身が、自分たちの行動を完全に把握しているとは限らないからだ。その対策として採られるのが、顧客の行動を観察する手法」(川上氏)
顧客の行動を把握する事例として、川上氏は3つの企業を紹介した。最初に挙げたのはIDEO、米国のデザインコンサルタント企業だ。IDEOは、身近な素材で簡単にプロトタイプを作ったり、皆で考える『ディープダイブ』といった習慣を特徴としている。
「例えばIDEOは、スーパーでの買い物用カートを開発する際、買い物客の行動を観察して発想を広げた。子供用の歯ブラシを開発するときには、子供たちが手全体を使って歯ブラシを握るという行動を確認し、大人用よりむしろ握り部分を太くした。日本企業でも、こうした観察の例はある。行動を観察した結果、野菜室の利用頻度が高いことから、それを使いやすい高さに設置した冷蔵庫なども、消費者の観察の一例だ」(川上氏)
次に紹介したのは、日本のアウトドア用品メーカー、株式会社モンベル。同社では年2回、商品企画部門の主催で「アイデア会議」を開催している。この会議には広報部門や営業部門、直営店の販売部門など、社内の各部署から社員が参加し、アイデアを出し合う。
「この会議からは、『野点セット』『女性用ライフジャケット』など、数々の商品が作り出されている。モンベルは社員自身がアウトドア好きであり、商品のユーザー。加えて直営店や会員組織を通じてユーザーの声を広く収集しているため、改めて消費者を対象とした調査を行う必要はない」(川上氏)
そして3つ目の事例はTOTO株式会社。温水洗浄便座をはじめ、数々のイノベーションを作ってきた企業だ。TOTOでは、しばしば開発者が自ら顧客宅を訪問して、顧客の動作を観察するなどの取り組みを実践している。
「2010年に発売した『クラッソ』は、TOTOのキッチンとしては大きな方向転換。それを開発するに当たっては、ユーザー訪問はもちろん、社内のユニバーサルデザイン研究所でユーザーの動線を詳細に観察した上で、調理作業の流れに沿って収納部を設計、シンクの流れ方や水栓など細部にも工夫をこらした。IDEOと同じように、観察に基づいてプロトタイプを作成、それをテストするという流れで開発している」(川上氏)
この行動観察の際、しばしばユーザーから「効率」という言葉が聞かれたという。そこでTOTOでは、ユーザーの行動の定位置となる「ホームポジション」を決め、そこからの行動の流れを効率化するよう設計していったとのことだ。
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明治学院大学 経済学部准教授