前回のコラムでは、身近なケースを題材にしてファシリテーター型リーダーが発揮すべき「巻き込み力」とは具体的にどのようなものかを解説した。今回のコラムからは、ある出版社の電子書籍への取り組みを題材に、このスキルを実践的に活用するためのポイントを解説していく。
2010年の書籍・雑誌の推定販売金額は前年比3.1%減の1兆8748億円と、6年連続の減少が続いている。若者の活字離れというトレンドとともに、インターネットの普及による無償の情報提供サイト(個人のブログなどの情報提供含む)の増加が主な原因と言われている。この潮流は、出版社にとって書籍・雑誌の売上減とともに、雑誌での広告収入減という非常に厳しい状況をもたらしている。
一方、2010年は「電子書籍元年」とも言われ、複数のメーカーが電子書籍端末を発売すると同時に、複数の電気メーカー、出版社、書店、eコマースなどの企業が電子書籍販売サイトを立ち上げ、ネット時代の新たなコンテンツビジネスに取り組み始めた。これは、出版社にとって現在の苦境から脱する大きな機会の1つであり、多くの出版社にとって電子書籍ビジネスにいかに取り組むかは喫緊の経営課題となっている。
豊かな生活社は、現在の環境変化で苦戦を強いられている創業60年の典型的な出版社である。社員数は100名、趣味・実用分野の雑誌・書籍を中心に出版を行っている。3代目社長の高杉健一は現在48歳であり、営業職で10年ほど経験を積んだ上で、2年前に父親の後を継いで社長となった。高杉社長は、読者のネットシフトに対して雑誌に連動したサイトを構築するなどの対応策を昨年から講じてきたが、出遅れ感を否めなかった。そこで、電子書籍に関しては現在のトレンドに乗り遅れないようにしたいと考え、経営会議で編集部の高橋部長に検討を命じた。
高橋部長は現在52歳であり、他社での経験を含め30年間編集業務に携わってきたベテランである。当然のことながら編集に関しては自信を持って仕事をしているが、ITに関しては自他共に認める門外漢である。電子書籍の動向に関しても、これまで報道などは注意して読んでいたが、自身ではほとんど検討してこなかった。そこで、豊かな生活社としてどのような取り組みを行うべきかを、月次で行っている編集部会議で編集長に相談してみることにした。
豊かな生活社の編集部は総勢24名で、主要6分野に編集長を配している。編集部会議では、各編集長が自分の担当する書籍・雑誌の今後の企画案、および現在進んでいる企画の進捗状況を報告している。高橋部長は、通常の報告、議論を行った後、電子書籍に関しての取り組みを行うように社長から話があったことを伝え、どう取り組むべきか参加者から意見を聞いてみた。
しかし、これまで紙媒体主体の出版を行ってきたメンバーの多くは、高橋部長同様ITに関して疎く、なかなか具体的な取り組みの方向性のヒントになるような意見が出ない。高橋部長には、他社の動向などを見極めてから具体的な取り組み方法を考えるべきという意見が大勢に思えた。これ以上の議論は難しいと高橋部長があきらめかけた時、編集長としては若手の島田が意見を述べた。 島田は、既に幾つかのグループが電子書籍のフォーマットの標準化を図り始めており、今から有力なグループの取り組みに参加できるように取り組み、電子書籍を出していくべきではないかという考えを伝えた。標準化が行われ、多くの有力な出版社が電子書籍市場で地位を確立してしまったり、こちらが出遅れている間に豊かな生活社の得意分野に新興ネット企業などが有力なコンテンツを出してしまったりすると、後からの参入が難しくなると考えていた。この島田の考えに対し、この場でこれ以上の議論は難しいと考えた高橋部長は、来月までに各自がどのような取り組みが必要かを考えて来るように指示し、会議を終了した。
会議終了後、高橋部長は島田編集長を呼んで話を聞いてみる事にした。島田は、自身でもタブレットPCを購入し、ネット上で購入できる電子書籍を実際に購入し、使い勝手なども試していた。また、標準化の動向や電子書籍ビジネスに参入してきている各社の動向なども、個人的に情報を収集して今後の動向を考えていた。島田は、個人的には豊かな生活社もすぐにでも電子書籍を出していくべきだと考えている事を高橋部長に伝えた。
その話を聞き、高橋部長はちょっと考えた上で、島田にこの取り組みのリーダーをやってくれないかと持ちかけた。高橋部長は、高杉社長の意向も伝え、島田が社長と同様の方向を見ていると話し、来月の編集部会議で正式にこの取り組みのリーダーに任命したいのでその準備をして欲しいと伝えた。
さて、あなたが島田編集長であれば、リーダーを引き受けますか? 会社で上司が頼んできたことを拒否するのは、難しいことも多々ある。しかし、安易に引き受けて事がうまくいかなければ元も子もない。引きうけるとすれば、何を確認し、どのような事を予め決めておく必要があるだろうか?
今回のケースだが、高橋部長との話だけでリーダーを引き受けるのはかなり危険である。この取り組みのゴール、取り組む際の枠組みが明確でないからである。責任ある仕事をするために、そもそもリーダーを引き受けるために考えておくべきこと、確認しておくべき事を以下に解説する。
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早稲田大学商学学術院教授
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明治学院大学 経済学部准教授