なぜ経営現場でドラッカーを実践できないのか――どんな商品・活動もスタートの瞬間から陳腐化し始める生き残れない経営(1/2 ページ)

経営の現場で求められているのは優先順位の決定と思っていないだろうか。必要なのは劣後順位の決定、やらないことを決めることである。経営の現場でいかに適切な資源配分ができていないことが多いか見ていこう。

» 2011年11月11日 12時20分 公開
[増岡直二郎(nao IT研究所),ITmedia]

 これは、ピーター・F・ドラッカーの言葉である。

 正確には、「常に一つの基本的な真実が存在する。それは、いかなる商品、いかなる活動も、スタートを切った瞬間から陳腐化し始めるということである」(「Diamond Harvard Business Review」=DHBR '63.5.)。さらに、「あらゆる種類の活動、製品、プロセス、市場について、“もし今日これを行っていなかったとしたら、改めて行おうとするか”を問」い、「答えが否であるならば、“それではいかにして早く止めるか”を考え」、そして「将来において成果を生むべき活動に資源を割り当て」なければならない(P・F・ドラッカー「マネジメント」ダイヤモンド社)。

 従って、常に経営者は持てる資源の適切な配分について心しなければならない。しかも、容赦のない姿勢が求められる。なぜなら、「誰にとっても、優先順位の決定はそれほど難しくない。難しいのは劣後順位の決定、なすべきでないことの決定である。延期は放棄を意味する。一度延期したものを復活させることは失敗である。このことが劣後順位の決定をためらわす」(P・F・ドラッカー「創造する経営者」ダイヤモンド社)のだ。

 経営者の職務が「企業の資源と労力を、有意義な経済的成果にあずかる機会に適切に配分することである」(前掲「DHBR」)にもかかわらず、実際の経営の現場でいかに事業の劣後順位の決定にためらいがあるか、いかに適切な資源配分に常日頃間違いを犯しているか、あるいは無関心でいるかを以下見ていこう。

 次の例は、劣後順位を決定し、投入していた資源を引き上げた経営者の英断は素晴らしいが、そこに到るまでに無駄な時間を長く浪費した罪は重い。

 情報機器メーカーA社では、携帯用情報機器に使用される主要部品の開発を始めた。しかし、開発を手がけた当初からいくつかの問題をはらんでいた。(1)まず、A社ではそもそも最終製品の携帯用情報機器本体そのものの開発を望んだが、A社のコア技術との関係や開発着手のタイミングや企業間の微妙な力関係で本体の開発は他社に取られ、A社には主要部品の開発が廻ってきて、関係企業間で開発契約が結ばれた。(2)次に、本体メーカーへの主要部品の納入価格が最初から厳しかった。予想原価2千円に対して、納入要求価格は千円と半分だった。(3)しかも、A社の付加価値は約10%で、購入部材が原価の大半を占めた。

 そのような大問題を抱えながらA社が開発に2年近くも取り組み続けた理由は、その間に最終製品の本体の開発を取り戻せないかという極めて困難な再挑戦を試みたり、開発部門が社内で原価と売価の関係を曖昧にし、しかも不可能ともいえる原価低減に挑戦する姿勢を繕ったり、一方で先々納入価格はもっと下げると本体メーカーから予告されながら無駄な値上げ要求をしたり、という無意味な動きをして時間を浪費したことだ。経営陣はそれを見抜けなかった上に、携帯用情報機器の主要部品という新製品誕生を心待ちしていた。

 ある時、ふとしたキッカケで開発実態が公になり、トップは開発中止を決断した。しかし、2年近くも資源を無駄に投入し続けた節穴の目を持つ経営陣は、万死に値する。

 次は、トップ方針で新設された事業部門が業績不振であるにもかかわらず、トップ方針とのしがらみで企業を消耗させ続けた例である。大手エレクトロニクスメーカーがトップ方針で、将来を見据えて「情報端末事業部」を新設した。しかし、スタート時点から問題だらけの事業部だった。まず、新事業部には優れた要員を供出しろというトップ指示にもかかわらず、かき集められた要員の多くがどの部署においても持て余していた要員だった。

 次の問題は、当面新事業部に移管させられた製品は、携帯端末・記憶装置などいずれも赤字製品だった。さらに資金援助は全くなしで、最初から自力で立つことを要求された。一方、新事業部の開発要員が懸命にアイディアを出して開発する製品は、ことごとく市場に受け入れられず失敗した。

 スタート時点から赤字で社内から叩かれ、先の希望も見えず、要員のモラールは下がりっ放しだった。それでも、トップ方針で新設された事業部ということで、瀕死の状態のまま温存延命せざるを得ず、4年後に遂に命果てた。ドラッカー曰く「“あと少しで成功する”という商品ほど、企業を消耗させるものはない」(前掲DHBR)

 次によくあることで、筆者自身も経験あることだが、長年赤字続きの製品や事業部門についていざ廃止しようとした時に障害になることは、その赤字製品や部門が負担している間接経費をどう処理するかということである。間接経費を回収できなくなるので、廃止はむしろ業績を悪化させるという論理がある。これについてもドラッカーは戒める、「4、5年かけて懸命な努力のかいもなく」、「当初の期待をはるかに下回る“落ちこぼれ商品”は、何があっても放棄すべきだ。」「経理担当者の“間接費を吸収する”」「といった、もっともらしい口実をものともせず、決定を貫かなければならない。」(前掲「DHBR」)

 「企業の資源と労力を、有意義な経済的成果にあずかる機会に適切に配分すること」という「目新しさは感じない」、そして極めて当たり前の経営者の職務を、上例にも示したように世の経営者はなぜ実行できないのか。実行するための手立ては何か、ドラッカーの理論をなぞりながら、資源の適切配分を行う方法を考えていこう。

 なぜ実行できないのか。原因はいろいろある。身の回りに膨大なデータがあふれる経営者は、企業で業績と成果を本質的に決定付けている要素を、「低コスト」と「高利益率」だという認識を持つ。だから、一律何%の原価低減とか、人員を何%減らせとか、出費を何%抑えろという旧来から変わらない方針しか出てこない。

 また、「事業上の事象は、成果の90%が10%の原因から生まれるという社会的事象に特有の分布の仕方をする」、「コストは作業量に比例し、そのほとんどはわずかの利益しか生まないおそらく90%という膨大な作業量から生まれる」(前掲「創造する経営者」)という自然界とは違う社会的環境の法則を知らない経営者が、「難しい仕事という自尊心」や「興味をそそるもの」、あるいは「あらゆるニーズを満たそうとする」などの単純動機で、捨てるべき分野に資源を配分してしまう。さらに、単なる無知か手抜きから資源の適切配分を怠る経営者も、時には見かける。

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