花粉症の人たちにとって辛い季節がやってきました。何を隠そう、私も花粉症。スポーツ選手の中にも花粉症患者は少なくないのです。
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今年も花粉症の季節がやってきました。
花粉症、アトピー性皮膚炎、ぜんそく、じんましんなどは「アレルギー性疾患」と呼ばれます。アレルギーとは、身体の中に入ってきたさまざまな「敵」に対して過剰に体が反応してしまうことです。人間には身体の中に入ってきた敵を見分けて、やっつけてしまう力(免疫機能)が備わっています。例えば、細菌やウイルスなどの敵(抗原)が侵入した場合、人間は抗体を作ったり、さまざまな免疫システムが働いたりしてそれらを排除しようとします。この仕組みは、我々が健康で生きていくために不可欠なものです。
しかし、本来は害のない花粉やほこり、食事などに対しても、敵とみなしてしまうことがあります。それらに対して免疫システムが過剰に反応することで「アレルギー反応」が引き起こされます。花粉症の場合には、鼻の粘膜や目の結膜でアレルギー反応が起きるため、鼻水が出たり、目がかゆくなったりするのです。
アレルギー性疾患を持つ人は近年増加しています。遺伝的素因、すなわち、生まれつきアレルギーになりやすい体質の人がいることが分かっています。しかし、それ以外の後天的な原因――大気汚染、栄養、ストレスなどの多くの因子――がアレルギー性疾患にかかわっていると推測されていますし、近代になって世の中が清潔になりすぎたことがアレルギー性疾患の増加と関係があるという説もあります。
これらのアレルギー反応は運動で誘発されることも知られています。食事アレルギーを持つ人が、食後に運動してショック状態になる「運動誘発性アナフィラキシー」は有名ですし、運動によって喘息発作が誘発される「運動誘発性ぜんそく」もあります。さらに、スポーツ選手たちは合宿や試合で国内外を転戦します。そのたびに、居住環境や食事環境が変わるので、遠征先でさまざまなアレルギーの原因に遭遇する機会が増えます。遠征中にじんましんなどが出ることも多く、スポーツ選手にとってアレルギー性疾患とどう付き合っていくかということはとても大事なのです。
さて花粉症に話を戻しましょう。
この季節、スギ花粉に多くの人々が悩まされます。1970年ころまではブタクサによる花粉症が多かったのですが、その後、スギ花粉症が急増しました。戦後に北海道、沖縄を除き広い地域でスギが植林されました。現在、樹齢50年を過ぎたスギがたくさんの花粉をまき散らしています。また、最近は小児の花粉症が増加していることも問題になっています。
国立スポーツ科学センターが実施しているトップアスリートたちのメディカルチェックでも、選手の約3割が花粉症です。しかし、無治療で症状を我慢している選手が意外に多いのです。鼻水が出なくて、目もかゆくならない状態で練習したほうが良いに決まっているのに、「気合いでやっています!」という選手がたくさんいます。
花粉症の対処法として、まずは花粉に暴露されないこと。一般的にはマスクやゴーグルをしたり、いろいろな花粉症グッズを使ったりしますが、スポーツ選手はマスクをしながら練習するわけにもいきません。そうであれば、薬による治療をすべきなのですが、選手たちが薬を使わない理由はドーピング違反が心配だからです。
アレルギーを最も強力に抑える薬は糖質コルチコイド、いわゆるステロイド薬です。ステロイド薬は花粉症の薬にも含有していることがありますが、幸せな気分になる「多幸感」をもたらすという理由で競技会検査でのドーピング禁止薬リストに入っています。昨年、花粉症治療のために医師から処方された薬の中にステロイドが入っていて、知らずにそれを飲んだ選手がドーピング違反になってしまった例がありました。それが心配で薬を飲むのを我慢してしまう選手が多いのです。
実は、正しい知識さえ持っていれば、スポーツ選手が飲むことができる薬はたくさんあります。最近ではよく効く抗アレルギー薬があるので、それらを花粉症シーズン前から服用すればドーピング違反の心配なく花粉症の症状を抑えることができます。さらに、糖質コルチコイドの局所投与は許されているので、糖質コルチコイドが含まれている点眼薬や点鼻薬を使ってもドーピング違反にはなりません。しかし、多くの選手たちはそのことを知らないのです。
ドーピング違反が怖くて本来であれば使用可能な薬も使わなくなってしまうのは、我々スポーツドクターの責任でもあります。きちんとしたアンチ・ドーピングと薬の知識を選手たちに啓発することが大事です。一昨年、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)はアンチ・ドーピングに関して正確な情報や知識を有した薬剤師を公認するスポーツファーマシスト制度を発足しました。これからは選手たちが安心して薬を使える体制を築いていきたいです。
何を隠そう、実は私もスギ花粉症です。花粉症の辛さはよく分かっています。私の場合には、毎年2月14日、すなわちバレンタインデーから1日1錠の抗アレルギー薬を飲み始めることに決めています。これだけで症状がかなり軽減します。それでも辛い時には、時々点眼薬や点鼻薬を使うだけ。最近の抗アレルギー薬は眠くなりません。症状が出る前に飲み始めるのがポイントです。
選手たちにも「バレンタインデーから抗アレルギー薬」と繰り返し言っていますが、この標語が分かりやすいのか、1月中に薬を取りに来る選手が増えてきました。ちなみに、「花粉症の筋肉注射」というものがあります。これは長期間作用するステロイドの注射です。1回打つだけなので便利なのですが、副作用などの点もありお勧めできません。もちろんこれを選手がやったらドーピング違反になってしまいます。
今年は昨年ほど花粉の量は多くはないという予想です。この冬の寒さで花粉の飛散も少し遅れそうです。花粉症の人は今からでも遅くありませんから、しっかり花粉症対策をして、薬も早目に飲んで、年度末の忙しい時期を乗り切りましょうね。
小松裕(こまつ ゆたか)
国立スポーツ科学センター医学研究部 副主任研究員、医学博士
1961年長野県生まれ。1986年に信州大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センター内科研修医、東京大学第二内科医員、東京大学消化器内科 文部科学教官助手などを経て、2005年から現職。専門分野はスポーツ医学、アンチ・ドーピング、スポーツ行政。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授