改定を前提としないマニュアルは、使われないマニュアルである。それはマニュアルではない。
マニュアルは作る人のために作られるのではない。それを使う人のために作られるのである。現場で働く人が日々の仕事、一緒に働く仲間達と自由に仕事の手順について、語りあってもらうためのツ−ルである。最終的にマニュアルは、社員の手垢で汚れ、ボロボロになっていなくてはならない。
企業内に存在するさまざまの業務処理方法とマニュアルはどのように結びついているのだろうか。業務マニュアルは、企業の標準を書くものである。標準とは次のように定義できる。標準とは「現実に実行されている業務行動のうち、最も正確で、安定しており、最も安全でコストの低い企業目的にとっての最適行動手順」である。
マニュアルが「標準を書く」ものである以上、企業が最初になすべきことは、企業内の諸活動から標準を摘出し、確定する行為となる。企業にはさまざまの人たちが働いている。社員はそれぞれの経験から自然と身についたスタイルと理由に基づく、自分の作業手順を持っている。従って、企業がマニュアルを書くためには、まず、それぞれの社員の業務処理方法と企業が設定した標準とを比較し、どちらが優れているかを検討しなくてはならない。これを標準照応という。
マニュアルに夢物語の理想や管理者の単なる願望を書いてはならないという理由はここにある。この手順を省けば社員は絶対に自分の仕事のやり方を捨てないだろう。黙々と言われたことしか仕事をしないと評価されている社員にも、その人しか持ち得なかった沢山の経験や知識が裏打ちされて、自らの業務処理手順が確定されているのだということを理解しなくてはならない。会社命令であるから「今日からこのやり方で仕事をしなさい」と指示され、喜んでそれに従う社員など一人もいない。
マニュアルは社員に対して説得力を持たなくてははならない。その根幹をなすものは、その行動手順が現実に行われているという事実があってはじめて可能となる「標準照応」の実行である。マニュアルによって業務管理を推進しようとする管理者はまず、自分の部下がどのような手順で業務を処理しているかじっくりと観察することから始めなくてはならない。
マニュアルを企業内に取り込んでいくための最初の行動は管理者による標準の確立であると述べた。このことは、いやおうなしに管理者の管理責任感の基本となる、部下の仕事に対する洞察を要求する。
部下が自分の判断で行っている業務の推進手順をまず黙ってしかもよく見つめなくてはならない。これは管理者なら誰でもが本来的に持っている最適作業手順と、部下の行動が異なっているという事実をしっかり認識させることとなる。この認識と把握の上に管理者が組織から与えられている組織目的との適合性をぶつけてみたとき、そこにある程度の適正行動基準の骨組みが作り出されるはずである。
これが標準の原型である。この原型に管理者はこれと乖離している一人ひとりの部下の作業行動手順を話しあいと観察を通じて理解していかなくてはならない。これは必ず部下に管理者が関心を持っているという認識を心の中に植えつける。良い組織の最初の条件は、作業者が組織が自分に関心を抱いていると認識させることである。自分の仕事に関心を持たれているという認識は、そのままそれは自分に対する関心であるという判断をもたらす。これが職場で働く人間の全ての幸福の基礎である。
勝畑 良(かつはた まこと)
株式会社ディー・オー・エム・フロンティア 代表取締役
1936年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、1964年にキャタピラー三菱(株)に入社。勤労部、経営企画部、資金部を経て、1986年、オフィス・マネジメント事業部長としてドキュメンテーションの制作、業務マニュアルの作成、語学教材の発行などさまざまな新規事業に取り組み、1992年4月、業務マニュアルの制作会社である(株)ディー・オー・エム(現在:株式会社ディー・オー・エム・フロンティア)を設立し、代表取締役に就任。「いま、なぜマニュアル革命なのか?」(『企業診断連載』)で平成2年度日本規格標準化文献賞<最優秀賞>受賞など論文多数。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授