「出現する未来」を実現する7つのステップ――観る:Seeing(前編)U理論が導くイノベーションへの道(1/2 ページ)

聴覚から情報を得るのか、視覚からなのか、はたまた嗅覚からなのか、頭の内側ではない「外の世界」五感で情報収集することでコミュニケーションや意志決定の質を高めることになる。

» 2012年10月17日 08時00分 公開
[中土井 僚(オーセンティックワークス),ITmedia]
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 「U理論」とはマサチューセッツ工科大学 スローン校 経営学部上級講師であるC・オットー・シャーマー博士が提唱している過去の延長線ではない、全く新しい可能性の未来を創発するイノベーションの理論です。

 イノベーションをもたらすプロセスを「U理論」では「行動の源(ソース)を転換するプロセス」「出現する未来を迎え入れるプロセス」「その出現する未来を具現化、実体化するプロセス」のという3つに大別しています。さらに、その3つのプロセスを7つのステップに詳細化しています。7つのステップの概要は第2回目のコラムにて詳しく紹介しています。

 それでは「行動の源(ソース)を転換するプロセス」の一部であり、「出現する未来」を実現する7つのステップの2番目である、「観る(Seeing)」を紹介します。

「観る(Seeing)」とは何か?

 前回は「ダウンローディング」について詳細に触れましたが、その中でダウンローディングは、過去の経験によって培われた枠組みを再現している状態」と紹介しました。また、この「ダウンローディング」は、過去の構成物である「枠組み」に意識の矛先が向けられとらわれている状態であると説明しました。

 では、次のステップである「観る(Seeing)」は、どんな状態といえるのでしょうか? 今回は「ダウンローディング」との違いにも触れながら「観る(Seeing)」の特徴を押さえていきます。

 「観る(Seeing)」は、「頭の中で起きている雑念に気を奪われず、目の前の事象、情報、状況に意識の矛先が向けられている状態」と言えます。これは一体、どんな状態なのでしょうか?

 例えば電車に乗っている時、吊皮を握って立ったままぼーっと外を見るともなく眺めながら、いろいろともの想いにふけっている最中に、不意にポケットに手を入れた時に、ポケットに入っているはずの財布や携帯がないことに気付き、先ほどまでのもの想いモードが吹き飛んで慌てふためいたという経験はないでしょうか? そして、その時はおそらく慌てて色んなポケットを探り、鞄の中身をひっくり返したりしながら必死になって探そうとするのではないかと思います。

 他に例えるとするなら

 ・ボウリングをしている時。1投目が8本のピンを倒したものの残りの2本の間が空いたスプリットになり、2投目でどちらかのピンが倒れれば御の字という状態。そして2投目のコースが絶妙な軌道を描き、片方のピンに当たり、もう片方のピンに向かってピンが弾かれ滑って行く様子を、固唾(かたず)を飲んで見守っている状態。

 ・スピード感のあるシューティングゲームをテレビゲームやゲームセンターで行い、まばたきすらも忘れて夢中になっている状態。

 日常生活の中でびっくりしたり「はっ」としたり、釘づけになったり、夢中になったりして、目の前の事象、情報、状況に意識を集中している状態になることは誰にでもあるのではないでしょうか? この時われわれに共通するのは、頭の中の世界に没入するのではなく、目先のことに気持ちが奪われている状態になります。この状態にあることを、U理論では「観る(Seeing)」と呼んでいます。

 それでは、なぜ、この状態が「ダウンローディング」の次のステップとして位置付けられ、イノベーションと関係があるものとして語られているのでしょうか?

「ダウンローディング」と「観る(Seeing)」の違い

 「ダウンローディング」と、「観る(Seeing)」の決定的な違いは、今この瞬間に、情報をどこから得ているのかにあります。

以下の図を見てください。

「ダウンローディングな会話」と「観る(Seeing)会話」

 日常のコミュニケーションの中にある、部下と上司のコミュニケーションにおいて、「上司に分かってもらえていない」「決めつけられて、話を聞いてもらえない」と感じて「言うだけ無駄だ」と諦めてしまっている部下は少なくありません。

 こうした状況に陥っている時、図で示されたダウンローディングな会話の状態になっていることが多いです。意見は交わされ、上司の指示やアドバイスによる結論はその場で即座に出されるものの、部下の方では全く腹落ちしていません。結論に対する思い入れがないばかりか、上司に対する信頼をなくし「やらされ感」を抱いたまま作業を進めて行くことになります。

 ダウンローディングな会話の状態にある時は、上司も部下も意識の矛先はそれぞれの頭の中でうごめいている雑念の側にあります。こんな時、われわれは相手の発言に耳を傾け、新たな情報を得ているつもりになっていますが、残念ながらそうではありません。あくまで、過去の経験によって培われた枠組み、すなわち決めつけや思い込みの枠から情報を得ているにすぎない状態になっています。

 重要なポイントは、思い込みや先入観によって情報が処理されていることで、実際に生じている微細な変化を察知できずに誤った意志決定を行ってしまうこと。また、結論は正しくても「話を聞いてもらっていない」と部下に感じさせてしまうことです。そうなると、モチベーションの低下を招き「あの上司に相談しても、決めつけられるだけだ」と信頼関係を損ない「どうせ、否定されるだけだから、言われたとおりにやればいい」と言われたことだけをやるという姿勢が生じてしまいます。これは、「ダウンローディング」が慢性的に抱える問題です。

 それに対して、「観る(Seeing)」の場合は、部下の話の内容の一言一句に注意深く耳を傾けている状態です。人によっては、この「観る(Seeing)」の質が高く、ちょっとした仕草や、声のトーン、目の動きなどにも意識を向けているケースもあります。その場合、話し手である部下は、上司からなおざりにされていると感じることはなく、多少の緊張感を持ちながら話が展開されるのではないかと思います。

 また、より正確な事実確認のために「お客さまにはいつ連絡を差し上げたんだ?」「うちではなく、競合会社を選んだ理由を伺ったか?」「どこの会社に負けているのか?」「データとしてどのような変化が生じているのか?」といった追加質問をするといった行為が生じえます。

 その場合、先ほどのダウンロードと異なり、情報の収集先は五感から収集される「外の世界」そのものということになります。聴覚から情報を得るのか、視覚からなのか、はたまた嗅覚からなのかは、状況の違いや個人差はあるかもしれませんが、頭の内側ではない「外の世界」となります。

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