「出現する未来」を実現する7つのステップ――観る:Seeing(前編)U理論が導くイノベーションへの道(2/2 ページ)

» 2012年10月17日 08時00分 公開
[中土井 僚(オーセンティックワークス),ITmedia]
前のページへ 1|2       
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

「ダウンローディング」から、「観る(Seeing)」への移行

 これまでの説明で、「ダウンローディング」と比べて、「観る(Seeing)」の方がコミュニケーションや意志決定の質を高めることは、理解できたたかと思います。それでは、どうすれば「ダウンローディング」から「観る(Seeing)」の状態へと移行できるのでしょうか?

 驚くかもしれませんが、実は自分のコントールによってスイッチをON、OFFに切り替えるように「ダウンローディング」から「観る(Seeing)」へと意識的に転換することはできません。なぜなら、「観る(Seeing)」というのは、意識状態であって、行為ではないからです。

 試しに、この記事からいったん目を話して、何か対象物に意識を向けてみましょう。部屋の中にいるのであれば、コップやカレンダーなど部屋の中にある何かの物体でも構いませんし、外出中なのであれば、周りのビル、街路樹、通りすがりの人など何か一つ選んで、そこに意識を向けてみてください。

 どうでしょうか?その選んだ対象物には目が向き、意識は向けられているものの、同時に頭の中で「これは何のためにやってるんだろう?」とか、「コップが結構汚れているな」とか、「あの人は、いい服のセンスをしているな」といった思考が渦巻いているのではないでしょうか?

 しかし、目を向けてみたらカレンダーが先月のままだったり、カップについているはずのない口紅の跡がついていたり、通りすがりの人が目の前で転んだりしたとしたら、「あっ!」っと、一瞬でその事象に意識が奪われ、釘づけになり、先ほど頭を渦巻いていた思考は、吹き飛んでしまうのではないかと思います。

 その直後にすぐに思考の渦巻きに引き戻されてしまうことはあるかもしれませんが、その瞬間だけでも「観る(Seeing)」に移行しているかと思います。つまり、「ダウンローディング」から「観る(Seeing))」への移行は、受動的に生じるのであって、能動的に起こるものではないということです。では、何によって、その移行が生じるのでしょうか? それは、「自分の前提や固定観念を覆すデータ」に触れた瞬間です。

 ・ポケットに入っている「はず」の財布や携帯電話がない

 ・倒れる「はずのない」ボウリングのピンが今、まさに倒れようとしている

 ・次から次へと敵から攻撃がやってきて、「一難去ったら、また一難」と、いつどんな展開になるのか決めつけることができないスピード感のあるシューティングゲーム

 ・余裕で受注できる「はず」の案件の失注

など、想定外の情報や展開に触れた時、「えっ!!」という感覚を抱くのとともに、「観る(Seeing)」状態へと移行するのです。

 「部下の話をもっとよく聴こうと思いました」と言う人に限って、「部下の話をよく聴けるようになりました」という報告をもらうことはありません。もしくは、本人はそのつもりでも、周りの部下に様子を聞くと、「上司は、相変わらず人の話を聞きません」と言われてしまうことがほとんどです。その理由が、「観る(Seeing)」という状態が、行為として意識的にコントロールできるものだと誤解していることにあります。

 本人は、確かに「もっとよく聴こう」として部下の話が終わるのを待っています。そして、部下の話に意識を向けています。しかしながら、ただ対象物に意識を向けるだけでは、自分の思考の渦巻きを止めることはできないのです。

 部下の話が終わるのを待っている間、次から次へと「相変わらず、要点を得ない話し方だなあ」「結局、何がいいたいんだ?」「まだ、こんなレベルなのか……」といった思考が出てきてしまい、部下の話が終わり自分にマイクが回ってきたときには「待ってましたっ!」と言わんばかりに、持論を展開してしまうのです。それでは、元の木阿弥であることは言うまでもありません。

 では、どうすればよいのでしょう?

 「自分の前提や固定観念を覆すデータ」が青天の霹靂(へきれき)として交通事故のように向こうからやってくるまで待つしかないのでしょうか? その答えは「YES」です。

 繰り返しになりますが「ダウンローディング」から「観る(Seeing)」への移行は、能動的に起こるものではなく、受動的に生じるものである以上、待つこと以外にわれわれにできることはないといっても過言ではありません。そう言ってしまうと、「じゃあ、部下の話をよく聴くなんて、偶然に左右されるだけで、できないじゃないか!」と憤慨される人もいるかもしれません。実は、そこにはわずかながらも、大きな違いが潜んでいるのです。

 それは何かというと「待つ」しかないとしても「待つ」姿勢の質は高めることができるということです。先ほどの表現で言えば、まるで道路の真ん中に立つかのごとく、交通事故に遭いやすい状態を作るのです。(これはあくまで例えです。実際に交通事故に遭いたい人はいないと思います。)

その「待つ」姿勢の質を高めるとはどういうことなのか? それが、前回紹介した「保留」をすることにあります。前回「保留」について、「自分がダウンローディングな状態になっていることにひたすら気付き、自分の枠組みをほどよく覆す情報が手に入るまで、結論は一切出さず、出したとしても暫定的な結論にとどめ、居心地の悪さを味わい続けるということ」と紹介しました。

 今回はこの「保留」の意味が前回に比べてより深く理解できたのではないでしょうか?

 「ダウンローディング」になっている時には、「外の世界」から一瞬、一瞬飛び込んできている情報が自動的に取捨選択され、歪曲されていきます。その渦巻いている思考の壁をすり抜けて、「自分の前提や固定観念を覆すデータ」が自分の懐へと飛び込んで、「はっ!」とする驚きとともに、「観る(Seeing)」に移行が生じやすくするのが「保留」という行為になります。

 これが「待つ」姿勢の質を高める秘訣であり「部下の話をよく聴く」ことを可能にしてくれるのです。

 部下の話をひたすら聞いても「自分の前提や固定観念を覆すデータ」を得られないままになってしまうことはよくあります。その時は、「自分はまだダウンローディングにしか部下の話を聞けていないのかもしれないな」と思いを馳せつつ、その時点でのアドバイスや指示をするということを愚直に繰り返すしかありません。

 そうしているうちに、ある日、交通事故に遭うかのように「お、こいつもいっぱしのことを言うようになったな!」とか「へー、こんなことを考えているのか!」と新鮮な驚きが得られるのではないかと思います。

著者プロフィール

中土井 僚

オーセンティックワークス株式会社 代表取締役。

社団法人プレゼンシングインスティテュートコミュニティジャパン理事。書籍「U理論」の翻訳者であり、日本での第一人者でもある。「関係性から未来は生まれる」をテーマに、関係性危機を機会として集団内省を促し、組織の進化と事業転換を支援する事業を行っている。アンダーセンコンサルティング(現:アクセンチュア株式会社)他2社を通じてビジネスプロセスリエンジニアリング、組織変革、人材開発領域におけるコンサルティング事業に携わり2005年に独立。約10年に渡り3000時間以上のパーソナル・ライフ・コーチ、ワークショップリーダーとしての活動を行うとともに、一部上場企業を中心にU理論をベースにしたエグゼクティブ・コーチング、組織変革実績を持つ。


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ITmedia エグゼクティブのご案内

「ITmedia エグゼクティブは、上場企業および上場相当企業の課長職以上を対象とした無料の会員制サービスを中心に、経営者やリーダー層向けにさまざまな情報を発信しています。
入会いただくとメールマガジンの購読、経営に役立つ旬なテーマで開催しているセミナー、勉強会にも参加いただけます。
ぜひこの機会にお申し込みください。
入会希望の方は必要事項を記入の上申請ください。審査の上登録させていただきます。
【入会条件】上場企業および上場相当企業の課長職以上

アドバイザリーボード

根来龍之

早稲田大学商学学術院教授

根来龍之

小尾敏夫

早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授

小尾敏夫

郡山史郎

株式会社CEAFOM 代表取締役社長

郡山史郎

西野弘

株式会社プロシード 代表取締役

西野弘

森田正隆

明治学院大学 経済学部准教授

森田正隆