ASEAN市場攻略の要諦飛躍(1/3 ページ)

ASEAN市場は日本企業にとって重要な市場であるが、世界が注目しており、ASEAN各国も一筋縄ではいかない。攻略の要諦は?

» 2014年01月27日 08時00分 公開
[山邉 圭介(ローランド・ベルガー),ITmedia]
Roland Berger

現在、世界中の企業がASEAN市場に注目を集めている。日本企業にとってもASEAN市場は非常に重要な事業機会であり、歴史的な関係性を踏まえても日本企業の強みを活かして戦える市場である。一方、それぞれの国でグローバル競争がますます激化し、変化のスピードもはやく、また文化も経済ステージもまったく異なる国の集合体でもあるASEANは、戦うことが難しくなっている市場とも言える。アジア市場に焦点を当てたマネジメント向けニューズレター「飛躍」の創刊号では、今最も熱い地域であるASEANをテーマに、「市場攻略に向けた要諦」をお伝えする。


1.日本企業にとってのASEANという市場

 ASEANは日本企業にとってどういう市場なのか。日本企業にとって極めて魅力的な市場である一方で、一筋縄ではいかない市場とも言える。言い換えると、競争戦略という観点からは非常に"面白い"市場であり、まさに"戦略性が問われる"市場である。

地域としての魅力度が向上

 現在、世界中の企業がASEAN市場に注目を集めている。製造拠点としての魅力、消費市場としての魅力の双方が向上しており、ASEANのプレゼンスが世界的に増している。これまで製造業の生産拠点として投資を集めてきたASEAN諸国だが、近年は安定した経済成長を背景に内需も拡大し続けており、消費市場としても注目を集めている。特にシンガポール、タイ、マレーシア、インドネシア、ベトナム、フィリピンの6ヶ国における小売・流通業の発展が目立つ。人口も域内で約6億人を保有(世界人口の10%弱)しており2030 年には7 億人に増加することが予測されている。

 また中間層の台頭も大きい。一定の購買力を備えた所得層が着実に拡大し、2020 年には中間層・富裕層が4 億人近い規模に広がるとも言われている。加えて、比較的安定した経済成長が見込まれている。近年も5%台の経済成長を続けており、今後もASEANはBRICsと同レベルの成長率で、米、欧州、中国、日本に次ぐ経済規模に拡大していくことが予測され(図表1)、2030 年にはASEAN全体のGDPは現在の約2.5 倍の規模に成長する見込みである。

図表1:名目GDP推移(兆ドル)

 また、製造拠点としての魅力も従来とは違った意味で高まっている。域内には様々な経済ステージの国が存在し、「安価で豊富な労働力」と「発達した産業集積」とが混在している。経済発展によりタイやマレーシアでは人件費が高騰してはいるが、その他ASEAN諸国には未だに安価で豊富な労働力が存在。インフラ整備の進行とともに、製造業の中でも特に労働集約型産業の生産拠点として魅力が向上。

 一方で、日本企業を中心に、早くから生産拠点として投資が行われてきたタイやマレーシアでは、工場を取り巻くサプライチェーンと裾野産業が充実し、高度な技術を必要とする高付加価値製品の生産拠点としても今後注目されている。そういった環境を背景に域内における産業分業体制が今後大きく進展していく可能性が高い。それらを強力に後押しするのが、2015年に創設が計画されている「ASEAN経済共同体」(AEC) である。AECにより、域内物流と人の移動が活性化するとともに、ASEAN域内での分業化がより加速されるだろう。

 加えて、ASEAN域内でのインフラ整備も今後拡大していく。交通インフラ、通信インフラ、エネルギーインフラ、特別経済区といった整備が各国政府主導で計画されており、これらそのものが大きなビジネスチャンスであり、ASEANの魅力のひとつである。

日本企業にとって極めて重要な市場

 日本企業はいち早くASEAN市場進出を果たしており、ASEANにおける日本企業のプレゼンスは高い。日本はASEAN諸国への投資を行う主要先進国の一つであり、2006 年から2010 年の累計直接投資額では、タイ、マレーシア、インドネシア、ベトナム、フィリピン、ラオスにおいて30%を超えている。また、日本からASEAN全体への過去からの累積直接投資額は中国への累積投資額よりも多い。

 自動車に代表されるように日本企業のシェアが高い産業も多い。さらに、ASEAN諸国での日本のイメージが良いことも重要なポイントである。ODAなどの貢献に加えて、日本文化への憧れも高く、マレーシアの「東方政策(ルックイースト)」のように日本から優れた点を学びたいという意識も強い。

 グローバル市場の中で見てもASEANは日本企業にとってはすでにプレゼンスが高く、追い風が強い魅力的な市場と言える。逆に言えば、日本企業にとっては絶対に負けられない重要市場でもある。

グローバル競争のステージへ

 しかしながら、ASEANの競争環境は年々激化しており、自動車をはじめとする多くの産業で優位に立っていた日本企業も一筋縄では勝てない状況になってきている。食品、アパレル、化学・医薬品、自動車、家電・電気、環境・エネルギー、建設、小売など多岐にわたって世界中の優良企業がASEAN戦略を強化している。特にインフラ分野では、欧州企業による交通インフラ、エネルギー分野での大型受注が多くみられる。韓国・中国企業のプレゼンスも拡大傾向にあり、インフラ分野への投資に加えて、自動車や家電・電気産業において日本企業が得意としていた製品の牙城を崩しにかかっている(図表2)。TVやスマートフォンでは韓国勢の勢いが止まらない。また、ラオスでは現代自動車がトヨタを抜いてトップシェアに躍り出ている。

図表2:中国・韓国による開発プロジェクト・向上進出の例

 ASEANの中でも近年最も注目度が高いミャンマーにおいては、大規模インフラ案件で日本勢の苦戦が目立ち、日本企業の中にはミャンマーに対する失望感も出ているほどである。2013年8月のミャンマー3空港国際入札で、日本勢が落札できたのは中部のマンダレー国際空港(総事業費60億円) のみであった。最大都市ヤンゴン国際空港は、地元資本と中国の企業連合にとられ、新設のハンタワディ国際空港(総事業費2,000 億円) は、韓国勢などの企業連合に敗れる結果となった。

 以上のように、ASEAN市場は、一気にグローバル競争のステージに進んでいるといえる。特にこれからの急速な経済発展が見込まれるミャンマーといった"明後日の新興国"と呼ばれる国はなおさらその傾向が強い。日本企業はこれまでのプレゼンスや「親日」に頼った展開だけでは勝てなくなっており、グローバル競合を相手にした戦略展開が求められる。

多様な市場が存在する地域

 言うまでもないことであるが、ASEANには10 カ国の異なる国が存在する。その10 カ国はすべて違う顔を持っている。モノも人も金も自由に移動できるEUとは異なり、ASEANは多様な民族・宗教・文化と多様な政治・経済体制がある。GDPでは60倍以上の域内経済格差もある。そもそも、あまりにも国間の差が大きい国々の集まりである(図表3)。またそれぞれの国の中にも複数の人種・文化が存在し、それぞれ消費者の嗜好も生活様式も異なる。さらには、従来からのローカル文化に加えて、欧米や日本のライフスタイル、そしてスマートフォンやインターネットに代表されるIT文化が急速に浸透しており、複雑な市場を形成している。

図表3:ASEAN各国の1人当たりGDPと人口の推移

 当たり前であるが、ASEANという国はなく、上記のような極めて多様な市場が存在するASEANをひとつの市場として捉えることは極めて危険である。戦略検討にあたりASEANを多様な"面"で捉えることは重要な要素でもある。先に触れたように生産拠点の面では、ASEAN域内の経済ステージの差を活用した域内分業という側面があるが、一方、消費市場という面では、例えばタイやマレーシアの先進的消費者はシンガポールでの流行を常にウォッチしているなど、国間のトレンドの影響も考慮に入れる必要もある。

将来の不確実性が高い

 多くのシンクタンクや経済機関が予測しているように、ASEANの経済成長自体は底堅いと思われる。しかしながら、その経済成長のスピードやシナリオには不確実性が残る。それにはいくつかの背景が存在する。ひとつには、上記で述べたように経済ステージや政治体制、文化、民族が異なる国々の集まりであり、それ自体がASEAN地域の複雑性や不確実性につながっている。次に各国における経済政策やインフラ整備が必ずしも計画通りにいかない可能性が高いことだ。

 例えば、タイにおいては7年間で2兆バーツを投じるインフラ投資計画があるが、政府に近い関係者も含めて誰も計画通りに進むとは思っていないのが実態である。さらには、各国の規制や政策が二転三転するケースも多く、それによって市場構造が大きく変わる。最後に、アメリカ、中国、日本といったグローバル各国の経済状況や政策の影響を受け易いことも挙げられる。ASEANでの戦略構築においては、不確実性を前提とした検討が不可欠である。

       1|2|3 次のページへ

Copyright (c) Roland Berger. All rights reserved.

ITmedia エグゼクティブのご案内

「ITmedia エグゼクティブは、上場企業および上場相当企業の課長職以上を対象とした無料の会員制サービスを中心に、経営者やリーダー層向けにさまざまな情報を発信しています。
入会いただくとメールマガジンの購読、経営に役立つ旬なテーマで開催しているセミナー、勉強会にも参加いただけます。
ぜひこの機会にお申し込みください。
入会希望の方は必要事項を記入の上申請ください。審査の上登録させていただきます。
【入会条件】上場企業および上場相当企業の課長職以上

アドバイザリーボード

根来龍之

早稲田大学商学学術院教授

根来龍之

小尾敏夫

早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授

小尾敏夫

郡山史郎

株式会社CEAFOM 代表取締役社長

郡山史郎

西野弘

株式会社プロシード 代表取締役

西野弘

森田正隆

明治学院大学 経済学部准教授

森田正隆