型に始まり型に終わる能の精神――文化や伝統を守りながらも革新性を追求ITmedia エグゼクティブ勉強会リポート(1/2 ページ)

4代続く能楽の流派のひとつである梅若家。人間国宝でもある当主の56世梅若六郎氏を中心に、「型に始まり型に終わる」と言われる能の基本的な型を生かしながら、新しい表現、革新的な表現の実現に取り組んでいる。

» 2016年02月15日 08時00分 公開
[山下竜大ITmedia]

 「ITmediaエグゼクティブ勉強会」に、Umewaka International代表取締役の梅若幸子氏が登場。「"初心忘るべからず"――能に学ぶ文化と革新性」をテーマに、型や装束など、能楽の文化や伝統を守りながらも、異分野とのコラボレーションにより新たな可能性を引き出すことを目指す取り組みを紹介した。

4代続く能楽の一派である梅若家

Umewaka International代表取締役 梅若幸子氏

 梅若家は、4代続く能楽の流派。現在、当主である56世梅若六郎氏は、2014年に重要無形文化財保持者(人間国宝)となっている。梅若氏は、「人間国宝は、1代の努力だけでなれるものではありません。祖父、曾祖父から父が受け継いだものが認められてもらえたものだと思っています」と話す。

 近代能楽は、明治維新後に徳川家が静岡に本拠を移したときに1度途絶えかけている。このとき東京に残り、能楽を復興させたいと考えていたのが初代梅若実氏である。初代梅若実氏は、能を復興するために、静岡にいた家元を呼び戻し、天皇陛下の御前で能の会を開くなど、さまざまな取り組みを行っていた。

 梅若家の流儀を確立したのが2代目梅若実氏である。この2代目梅若実氏が、現在の当主である56世梅若六郎氏の祖父にあたる。56世梅若六郎氏は、2代目梅若実氏のすすめで、小学校卒業とともに、本格的に能の世界に入った。

 2代目梅若実氏は、まず物語を十分に理解させた上で、その物語に即した型を教えるという指導方法だった。梅若氏は、「父は、中学校には通っていたものの、勉強以外は友人と遊ぶこともなく、能漬けの毎日でした。しかし、この教え方は父にとって非常に楽しいものだったようです」と話す。

 56世梅若六郎氏の父である55世梅若六郎氏は、容姿に恵まれた希代の名人だった。55世梅若六郎氏は、とにかく型を覚えることを重視した指導方法であり、型を学ぶことで、物語を理解するという真逆の指導方法だった。指導方法は真逆でも、伝えたいことはただひとつだけ。常に最高の能舞台を見せることだった。

能は型に始まり型に終わる

豪華絢爛な装束

 能では「花」という言葉がよく使われる。花とは、「同じ花とて一輪たりとも同じ花はなし」と言われるように、同じ演目でも同じ舞台はひとつもないことを意味する。梅若氏は、「例えば能"葵上"を演じる場合にも、前回見た"葵上"と今回の葵上は同じものではなく、人生と同じように毎回違ったものになるのです」と話す。

 能の舞台の中では、演じ手はひとつの人生を生き抜くのであり、人が生まれて死んでいくように演じられている。豪華絢爛な装束や面の華やかさを意味する花ではなく、舞台の中で精神的に人生観を表現する意味で花という言葉が大切にされている。それでは、能のではどのように人生が表わされるのだろうか。

 「少し前に"脳内ポイズンベリー"と"インサイド・ヘッド"という2本の映画が公開されましたが、能もこの話に近いもので、有名人の"喜怒哀楽"を切々と語るのが能の舞台です。そのため10代の若者よりも、人生経験の豊富な50代、60代の方が、自分の人生とオーバーラップして喜怒哀楽に共感できるのです」(梅若氏)。

 「しかし、能は決して難しい演目ではありません」と梅若氏は言う。例えば、葵上という演目は、六条御息所が光源氏を好きになるが正妻の葵上に嫉妬し、怨霊になって葵上にとりつくという話である。しかし、この舞台に葵上は登場しない。舞台の正面手前に小袖が置かれ、これが葵上を表している。

 梅若氏は、「葵上は男女のドロドロとした恋愛話ですが、この話を、いかに美しく見せるかが能の力量になるのです」と話す。それでは、何が能の美しさをつくるのだろうか。能楽を構成するのは、「型」「三役」「謡」「装束・面」であり、このすべてが完成されて初めて美しい能が完成する。

 特に能は、「型に始まり型に終わる」と言われるほど型が重要になる。非常に単純な型でありながら、上手い、下手がはっきりと表れるのが型である。次に、三役とは、狂言方、囃子方、ワキ方の総称である。能と狂言を合わせて能楽と呼ぶが、現実の人間、感情の「楽」の部分を主に演じるのが狂言方である。

 またワキ方は、演目中約8割座っている演じ手であり、ストーリーテラーである。基本的に能は幽霊の話なので、霊が見える存在としてワキ方がある。能の謡には譜面がなく、語り継がれていくものであり、謡により雰囲気は変化する。囃子方は、笛、小鼓、大鼓、太鼓と並び演奏を担当する。(お雛様の人形は謡と囃子方を合わせて5人囃子という。)

能の面

 能の面を見る時に、3つのポイントがある。1つめが「ケガキ」である。ケガキとは面に描かれた髪の毛のことである。ケガキがきれいに整っているほど若く、年を取ると乱れてくる。2つめが、面をかけるときに「かならず顎を出す」こと。面と顔をずらすことで、演じる自分と第三者的に見ている自分が存在していることを表している。

 3つめが、能はほとんど見えない状態で、歩数により判断していることである。面は下向きにすると悲しい表情になるので、足元を見ずに演じることが必要になる。逆に上向きにすると笑っている表情になる。悲しい表情を「くもる」、明るい表情を「てる」という。昔作られた面は、非常に裏の彫りが薄い。この裏の彫りが能楽師にとって重要になる。

 能楽における課題を梅若氏は、「修復師が少ないために、昔の面の修復ができない問題がある。また足の運びに重要な足袋も同様で、最も美しい足袋を作っていた店は後継者がいないために廃業してしまった。古典の世界では、技術の継承が大きな問題になっている」と話している。

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