テクノロジーの爆発的な進化により、ビジネス環境や企業の働き方は、これまでとはまったく異なるものへと変化している。この変化に対し、情報システム部門のリーダーは、いかに向き合っていけばいいのだろうか。
「デジタル変革、経営・IT部門のリーダーはどう向き合うか」をテーマに開催された「第44回 ITmedia エグゼクティブセミナー」の基調講演に、富士フイルムホールディングス 経営企画部 IT企画グループ長の柴田英樹氏が登場。「変革を起こし続ける富士フイルム――“成果”追求で情報システム部門がけん引」をテーマに講演した。
富士フイルムのデジタルビジネスに関連する主な提供商品は、材料の側面でICT社会を支える商品として、半導体用材料、タッチパネルや液晶ディスプレイ材料などICT機器を構成する部材や、ストレージ用記録材料。ICTに接続する機器として各種レンズやデジタルカメラ、メディカル機器、プリント装置などの完成品商品、そしてICTを活用したサービスとして、写真関連、医療関連、データ保存などのサービスに加えて、工場でこれまで培ってきたICT活用ノウハウをサービス化したものまで展開されている。
「富士フイルムでは、デジタル変革に向けた取り組みでは、ソーシャル化、オープン化、サービス化、スマート化を推進することで、変化への迅速かつ柔軟な対応、爆発的に増加するデータ量への対応、IT基盤のコスト削減とアーキテクチャ変革の実現を目指している」(柴田氏)
またデジタル変革の加速を実現するための組織、体制作りも進めている。具体的には、CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)と、全ての事業、生産、研究開発、間接部門に設置されたデジタル・オフィサーで構成される「デジタル変革委員会」を組織化した。本委員会は、富士フイルムグループが行う全ての事業活動に加え、各部門が提供する全てのサービス・業務を対象に、デジタル変革課題を網羅的に調査・分析し、それらを最新のITを活用して解決する施策を横断的に推進している。
柴田氏は、「特に情報インフラおよび技術の側面において、今後どのようなインフラや技術が必要かは、若手から中堅までの現場担当者のニーズを取り込むことも重要になる」と話す。こうした背景の中で、富士フイルムでは、いかにIT部門が提供する価値を最大化していこうと考えているのか。
経営層が求めているのは、経営情報の可視化や迅速な意思決定、最新ICTの高度活用による業務効率向上や新ビジネス創出など。経営層も最新ICTを非常に重要視している。また、事業部門からは、業務プロセス改革、ビジネス変革などが、営業部門からは、顧客行動分析やデジタルマーケティング強化などが求められている。
IT部門としては、守りのITを筋肉質にして、攻めのITにリソースの比重を高める取り組みを推進している。その一環として、1年半前より、ビジネス変革の基盤として、ハイブリッドクラウドを積極的に活用している。柴田氏は、「プライベートクラウドとパブリッククラウドを、いかに適切に使い分けるかが重要になる」と話す。
パブリッククラウドの選定では、コストはもちろん、プライベートクラウドと同じ仮想化環境、共通の統合運用管理、シームレスなネットワークという4つのポイントで、複数のクラウドサービスを比較検討した。コスト面では、対象となるサーバをプライベートクラウドからパブリッククラウドに移行することで、45%のコスト削減を実現している。
今後の展望について柴田氏は、「マルチクラウドの活用が重要。さまざまなクラウドサービスを自由に組み合わせることで、新たなビジネス価値を創出する。またグローバル基盤として整備して、人工知能(AI)、IoTやビッグデータを活用することで、ビジネス変革を加速させようと考えている」と話している。
特別講演には、東急ハンズ 執行役員 オムニチャネル推進部長で、ハンズラボ 代表取締役社長を兼任する長谷川秀樹氏が登場。東急ハンズのCIOとしての立場で「デジタル変革で消えゆく情シス、輝き始める情シス」をテーマに講演した。
東急ハンズは、インターネット技術を活用したシステム開発にこだわっている。Webシステム、IoT、スマホアプリ以外はやらない。インフラ基盤は、100%クラウドサービスで、データセンターは廃止した。ネットワークも、LANは残るものの、インターネットを利用することでWANの廃止を目指している。
すでにクラウドのメールサービスで重要なやりとりをしているし、スマートフォンで銀行取引も行っている。インターネットサービスは、危険だという時代ではなくなっているため、店舗で使っていた専用端末も、スマートフォンやタブレット端末に変更した。
「店舗にアンケートを行ったところ、“インターネットに接続できる端末にしてほしい”という要望が多かった。顧客がインターネットで検索して、店舗で問い合わせたときに、その場で検索して応えられるツールがなければ、顧客満足度は向上できない。スマートフォンやタブレット端末は、ほとんどの人が通常使っているので教育コストも削減できる」(長谷川氏)。
スマートフォンやタブレット端末には、海外の観光客が店舗に来たときに、翻訳ソフトを使ってコミュニケーションしたり、現地通貨でいくらになるかを伝えたりするための、売り場で必要なアプリをいろいろと登録している。開発を依頼すると数千万円かかるアプリを無料で使えるのもインターネットを利用するメリットである。
人材に関しては、ガートナーが定義するモード1、モード2の育成を目指している。モード1はSORの担当者で、モード2はSOEの担当者である。長谷川氏は、「モード2の人材が必要なのかと思うかもしれないが、Amazon.comは、すでにAmazon Goでモード2を実現している。そこで、Amazon Goを視察してきた」と話す。
Amazon Goは、セルフレジのコンビニである。店舗に取り付けられたカメラと商品棚に設置されたカメラとセンサーにより、何を手に取ったかを判断し、料金を自動計算して、店舗から出るときに決済する。長谷川氏は、「商品を取ったり、棚に戻したり、いろいろ試してみたが、Amazon Goをだますことはできないほど精度は高かった」と話す。
Amazon Goのようなハイテク店舗は、コストがかかりすぎて多店舗展開できないという人もいる。しかし、ここで使われているカメラは、1つ2万円程度のもの。300個付けても600万円で済む。5年間の減価償却で考えると、1年のコストは120万円。1〜2人のレジ要因のアルバイト代でペイできてしまう。
「いろいろ考えると、営業利益率で2%程度は改善するのではないかと考えている。これまで、営業利益率を2%改善したIT投資があったかという話である。これがモード2の破壊力だと感じている。米国では、すでに同様のベンチャーが数社出てきているので、われわれも検討を進めたい」(長谷川氏)。
今後は、インターネット技術に加え、モード2を推進する計画。社内にエンジニアリング組織を持つことも検討している。長谷川氏は、「最新技術を自分たちで選択できなければ、他社に先んじることはできない。レガシーシステムの保守で終わる情シスになるか、モード2で現場改善を進める情シスになるかが、消えゆく情シス、輝き始める情シスの分かれ目である」と締めくくった。
セッション1には、セールスフォース・ドットコム Heroku営業本部 執行役員 本部長の永野智氏が登場。「事例から読み解く! Herokuだからできるアジャイル開発最前線」をテーマに、「Salesforce Heroku」を導入、活用しているSOMPOシステムズ デジタル戦略本部 eマーケティンググループ統括担当部長の渡邊英司氏をゲストに迎えて、Heroku Enterpriseの有効性について紹介した。
Herokuは、AWSをベースとした「アジャイル開発」を強力に支援するPaaSである。無償で個人でも始められるHerokuは、アプリの実行環境、データベース、SaaSのエコシステムであり、企業向けに提供されるHeroku Enterpriseは、Salesforce CRM連携機能、セキュリティ機能、組織管理、人によるサポートが付加される。永野氏は、「Heroku Enterpriseは、AWSを中心に、より簡単かつ低コストでプライベートクラウドを構築できる仕組みを提供する」と話す。
Heroku Enterpriseを導入したSOMPOシステムズは、SOMPOホールディングスを支える戦略的IT企業。バックエンドホストの基幹システムの窓口としての役割だけでなく、モバイルやAI、ビッグデータなどの先端技術の活用やネオデジタルネイティブに向けた新たなサービスの提供に取り組んでいる。その取り組みの一環として、Heroku Enterpriseを採用した。
第1段階としてアルゴリズムで成り立つツール系のシステム開発に、第2段階としてDBMSを利用した大規模契約システムに適用している。Heroku Enterpriseのメリットを渡邊氏は、「AWSをそのまま使うより楽で簡単。トータルコストを削減できる。またDevOpsの自在性が高く、アジャイル開発に最適で、開発者も高い生産性を評価している」と話す。
永野氏は、「SOMPOシステムズは、非常に革新的な取り組みを推進している。今後も、Heroku Enterpriseをはじめとするソリューションで、エンタープライズ企業のサポートを強化していく」と抱負を語った。
セッション2には、トレードシフトジャパン ゼネラルマネジャーの菊池孝明氏が登場。「“進化”するためのデジタル変革――デジタル化が企業にもたらす本質的な価値とは?」をテーマに講演した。菊池氏は、「“ドリルを買う人が欲しいのは、ドリルではなく穴だ”という話があるが、デジタル変革を実現したい人も、デジタル変革が目的ではなく、ペーパーレス化、効率化、スピード化などの目的がある」と語る。
例えば多くの企業は、見積書は営業が持っていく、請求書は郵送するなど紙の文化で動いている。そこで、取引文書のデジタル化が注目されている。ただし、現在の取引文書のデジタル化では、郵送された請求書をスキャン保存したり、RPAでデータ入力を自動化したりと、業務プロセスの一部が置き換わっただけである。
菊池氏は、「置き換えではないデジタル改革が求められているが、電子取引の実現には、お金がかかる、使い方が難しい、準備が大変などの課題があり、実現できるのは大企業だけ。大企業でなくても使える電子取引の仕組みが求められている」と言う。
トレードシフトのグローバル電子取引プラットフォーム「Tradeshift」は、世界190カ国、150万社が参加するB2BのFacebookのようなサービス。取引したい企業に「つながり申請」を送り、了承されると電子文書の送受信などの基本サービスが無料で利用できる。またTradeshift App Storeで、有償・無償のアプリをダウンロードすることも可能。SAPや勘定奉行、フリー会計、PayPalなど、さまざまな業務アプリと連携することもできる。
菊池氏は、「デジタル変革に取り組むのは大変だと思うが、大きな話ではなく、日々の実務をデジタル化することが重要。社内の効率化だけでなく、社外・市場も含めた効率化、影響力の向上を目指してほしい」と話している。
セッション3には、日本CA シニアコンサルタントの手塚由起子氏が登場。「攻めのITから入るデジタル変革――APIによるマイクロサービス化と既存資産の活用」をテーマに講演した。ビジネスとITの融合、新規参入、チャネルの多様化など、ビジネス環境は目まぐるしく変化し、そこで求められるのはスピードである。
「新しいサービスをいち早く市場に投入し、利用者の反応を見て改善を繰り返すことで、競争に勝つことができる。そのためには、企業間や業界間をつなぐ仕組みが必要。このつなぐ仕組みがAPIである。APIエコノミーが形成され、ビジネス価値を最大化できる」(手塚氏)。
SORは堅牢(ろう)性が重要なウォータフォール型で、SOEはスピードが重要なアジャイル型のアプローチである。サイクルの異なるシステムを迅速に連携させるのは困難であり、疎結合による連携が必要。そのためのアーキテクチャが、マイクロサービスアーキテクチャである。
マイクロサービスとは、限られた範囲の機能を持ち、独立したコンポーネントとして展開でき、メッセージベースの通信で相互に接続できる。メッセージベースの通信とは、まさにWebAPIで、WebAPIとマイクロサービスアーキテクチャにより、大規模なシステムを迅速かつ安全に開発できる。
CAでは、WebAPIを外部公開する場合のセキュリティ保護、流量制御、メディエーションを行う「CA API Gateway」をはじめ、API利用者に仕様の公開やAPIキーの払い出しを行うAPI公開ポータル「CA API Developer Portal」を提供。またマイクロサービス間のWebAPIのメディエーションやセキュアなメッセージ交換を行う「CA Microgateway」、データベースのデータを即座にWebAPI化する「CA Live API Creator」を提供している。
手塚氏は、「CAは、今後もAPIエコノミーを活用することで、デジタル変革の具現化を目指す企業を支援する」と話していた。
セッション4には、クリックテック・ジャパン カントリーマネージャーの北村守氏が登場。「デジタル変革で求められるアナリティクスの実現にむけて」をテーマに講演した。ある調査では、2019年までに、ビジネスユーザーがセルフサービスBIで生成する情報分析の量は、専任データサイエンティストが生成する量を大きく上回ると報告されている。
北村氏は、「ビジネスユーザーが新しい知見を得ることが、デジタル変革につながる。BIは一くくりにされがちだが、IT部門主導の現状分析/レポーティングとビジネス部門主導のデータ探索ではまったく異なるアプローチとなる。デジタル変革のためのアナリティクスは、ビジネス部門主導のデータ探索を実現するセルフサービスBIが重要になる」と話す。
しかし、セルフサービスBIの実現には3つの壁が存在する。データアクセスの壁は、企業内外に点在するデータソースを簡単かつ迅速に分析対象に取り込むという課題。Qlikでは、DWHやデータレイクはもちろん、さまざまなデータソースを柔軟に取り込む機能が提供される。
アナリティクスの壁は、いかにビジネス部門で付加価値を導出できる分析を行うかという壁である。Qlikでは、コグニティブエンジンにより分析そのものを自動化、高度化することでアナリティクスをサポート。AIが推奨するチャートを選択することで、データ分析そのものに取り組むことができる。
分析作業が自動化されれば、より多くの分析結果がもたらされ、データを読み、分析し、議論する能力が求められる。これが、データリテラシーの壁である。Qlikでは、製品中立的なデータリテラシー育成プログラムを2018年5月より英語で提供している。
北村氏は、「デジタル変革の実現には、3つの壁を払拭(ふっしょく)できるBIツールが不可欠になる。Qlikに興味思ってもらえたら、ぜひ問い合わせをしてほしい」と話している。
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【入会条件】上場企業および上場相当企業の課長職以上
早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授