身の回りの課題を解決し、役に立つことを素直に考えればイノベーションはやさしい。画像認識、自動運転、AI、仮想現実などロボット工学の世界的権威が、人が楽しく取り組める真のイノベーションとそのために大切な発想法について語った。
「Accelerating Digital ――デジタルで創る未来――」をテーマに、NTTデータが開催した「NTT DATA Innovation Conference 2020」の基調講演に、カーネギーメロン大学 ワイタカー記念全学教授である金出武雄氏が登壇。「素人発想、玄人実行――コンピュータビジョンとロボット研究の現場から――」をテーマに、ときにユーモアを交えながら講演した。
金出氏は、1973年に京都大学で世界初となるコンピュータによる人間の顔認識システムに関する博士論文を執筆した。1984年に自動走行車プロジェクト「Navlab」に着手し、1995年には米国ペンシルベニア州ピッツバーグからカリフォルニア州サンディエゴまでの約4500キロを、自動運転車Navlab5で横断するプロジェクトを成功させた。
「Navlab 5では、コース全体の98.2%で自動運転を実施したのですが、運転席に座っている人は、“もし何かあった時にはすぐにハンドルを握れるようにということで、初めから自分で運転するよりはるかに疲れる”と言ったものです。」(金出氏)
数多い研究の中でも代表作の一つといえるのは、2001年のスーパーボウルに採用された「EyeVision」である。金出氏は、「テレビ局からの依頼で、映画“マトリックス”のような、ぐるっと360度回る映像のリプレイシステムを作り、実際にスーパーボウルで運用しました。私は、マトリックスを見ていないのですがね……」と笑う。
マトリックスの撮影は、スタジオにたくさんのカメラを一点を見るように配置して、役者はそこで演技すること。映画とスーパーボウルの違いは、会場が大きいというほかに、根本的にはスポーツにはシナリオがなくどこでスーパープレーが起こるか決めておけないということだ。金出氏は、「予測できない選手の動きを、いかに捉えるかが課題」と当時を振り返る。
EyeVisionは、スタジアムに33台のカメラセットを設置し、プレイの進行に伴って、その瞬間、瞬間をカメラが協調して追いかける仕組みを導入した。このシステムはかなり大掛かりなもので、カメラとカメラのコントローラーで1セットあたり約1000万円、全部で3億以上、使ったケーブルの長さも全部で18〜20キロ。
「スーパーボウルは、全世界で約1億人が視聴する米国最大のスポーツイベントです。テレビ局とのシステム開発契約に、『Takeo Kanadeの名前とタイトルを表示し、25秒間出演させる』との条項があり、EyeVisionの仕組みを説明したので、『スーパーボウルに出演した唯一の大学教授』の肩書となりました。スーパーボウルに1秒間広告を出すのに約1000万円必要とされていましたから、2億5000万円の価値になります」(金出氏)
「研究者に“あなたの希望は”と聞くとまず“良い研究をすること”と答えます。それでは、“良い研究とは何か”と問われると途端に答えが難しくなります。カーネギーメロン大学の故アラン・ニューウェル教授は、“良い科学は現実の現象、現実の問題に応答する。良い科学はちょっとしたところにある。良い科学は差を生む”と話しています。つまり良い研究とは、“インパクトがあり、役に立つ”ものです」(金出氏)。
インパクトのある研究をするためには、差を生むシナリオを作ることが必要になる。金出氏は、「これまでの観察と経験から、成功する研究開発は、(1)成功を描く、(2)大きく楽しく考え、ストーリーを広げる、(3)ほかの人が参加できるという3つが重要です。成功するアイデアも、もともとは単純で素直なものです。素直な発想を邪魔するのは、なまじ“知っている”と思う心、専門的知識です。しかし、実行には専門的な知識と技が必要です」と話す。
例えば、自動運転はクルマが左に流れるから右にハンドルを切る、右に流れるから左にという単純なものではない。それでは車は蛇行してしまう。制御理論が必要になる。
金出氏は、「ほかにもプログラミングにおいても浮動小数点演算の微妙な振る舞いを理解していないと、不安定なプログラムになってしまいます。こうした考えを『素人のように考え、玄人として実行する』という標語にまとめて書籍を約20年前に出しました。さらには、『独創はひらめかない』というのも出しています」と話している。
金出氏の研究シナリオの1つに、「Many-Camera Technologies(多数カメラ技術)」がある。始まりは1990年にスタートさせた、明るさや色だけでなく3次元の距離の画像をリアルタイムで「撮像」できる装置の研究である。「人間の目は2つだが、カメラは当然多いほうが有利と考え、1992年に世界初の5眼実時間ステレオカメラを作りました」と話す。
さらに、一方向からの観察ではモノの裏側など見えない部分がある。シーン全体の3次元化はどうするか。金出氏はシンプルにたくさんのカメラを全てが見える位置に置く仕組みを考えた。「“考えたらすぐやれ”ということで、51台のカメラを使った3Dドームを作りました」(金出氏)。
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