困難な状況でも、ビジネスを止めない、変革を諦めない、強い意思で突き進んでいくリーダーの姿。一般的にテレワークが難しいとされる業種でもできるところから展開していくヒントとは?
2月にスタートした本連載「デジタル変革の旗手たち」。当初は、企業のデジタル変革を担うリーダーとその取り組みに焦点を当て、“周回遅れ”などとやゆされがちな日本企業のデジタル変革について、前向きな議論を喚起していくような記事を掲載していきたいと考えていた。
しかし、新型コロナウイルスの影響が拡大したこのわずか2カ月ほどで、企業におけるデジタルの価値と果たすべき役割は、大きく変化したのではないだろうか。未曽有の事態の当事者として、誰もが今自分にできることをやろうとしている。困難な状況でも、ビジネスを止めない、変革を諦めない、そう強い意思で突き進んでいくリーダーの姿を書きたいと思った。
感染爆発を防ぐため、私たちは今、重要な局面を迎えている。政府は、人との接触機会を8割削減することで感染拡大に歯止めがかけられる可能性が高いとし、可能な限りテレワークを実施するよう求めている。
しかし、一部の大企業であればともかく、東京商工会議所が会員企業となっている中小規模の事業者向けに実施したアンケートによれば、テレワークを実施している企業は26%、実施検討中の企業も19.5%にとどまる。「社内体制の整備」「PCなどハードウェアの整備」「セキュリティの確保」といった課題がテレワークの障壁となっているようだ。
エレベーター/エスカレーターのグローバルメーカー「フジテック」は、3月下旬から順次、首都圏・関西地区ともに、オフィスで働く従業員を対象にテレワークをスタートさせた。製造業と建設業の両面を併せ持つ同社には、現場でしかできない業務も多く、これまで在宅勤務制度自体が存在していなかった。
CIOの友岡賢二氏は、「仕事のやり方もシステムも手探り状態の中、日々刻々と変化する状況に対応している」と明かす。「事業継続やリスク管理の観点で、“あの時あれをやっておけば良かった……”という反省はあるが、このような事態になって初めて気づいたことがたくさんある」(友岡氏)
本稿では、フジテックの取り組みを例に、一般的にテレワークが難しいとされる業種でもできるところから展開していくヒントを提示するとともに、新型コロナウイルスを乗り切るための情シスの役割を考えていきたい。
世間的には、「ハンコを押すために出社した」といった事例のほうが話題を集めているが、フジテックのような製造業の多くに共通する課題は、図面を扱う業務のテレワークだ。デュアルディスプレイを用いてCADを操作するような本格的な作業には、ハイスペックなマシンが必要となる。フジテックではもともと、建設現場などからノートPCやChromebookなどを用いて社内のデスクトップPCにアクセスし、図面を閲覧できる仕組みは用意していた。しかし、自宅から図面を作成する状況までは想定していなかったという。
そもそも、なぜ図面を扱うために社内のデスクトップPCにアクセスする必要があるのか。フジテックの場合は、オンプレ環境でカスタマイズしてきたCADソフトを使っているうえ、クラウド上のCADサービスを使うには、新たな契約とシステムの作り替えが必要だ。オンプレで実装している機能がクラウドで提供されていないケースもあり、そういった事情も事を難しくしている。
それでもとにかく、自宅から図面を閲覧するだけではなく、作成もできないと業務が進まない。友岡氏は、一つずつ課題をつぶしていくことにした。「最初の課題は、デスクトップメインの業務なので、ノートPCを持っていない社員がかなりいたことです。ノートPC争奪戦が始まるわけですよね。その頃には、サプライチェーンが停滞し、新たな調達も難しい状態。社内にある貸し出し用、研修用のノートPCをかき集め、必要な社員に配布しました」(友岡氏)
次にぶち当たったのは、VPN同時接続数の問題だ。始業の時間帯にテレワーク社員のアクセスが集中し、つながりにくい状態を作り出してしまったのだ。「ほとんどのテレワーク社員がVPNを使って同時接続するとなると、当然VPNのライセンスが足りませんでした。急いでライセンスを買い増すと同時に、サーバーを3つに分割し、社員番号によってアクセスするサーバーを割り振りました。テレワーク社員が普通にアクセスできる状態を作るのに2週間。相当苦労しました」(友岡氏)
生産性が高いとはいえないものの、ノートPCでなんとか業務が回り始めた頃、関西地区の拠点でも在宅勤務が決まり、またしてもノートPC不足に陥った。デスクトップPCを自宅に持ち帰って業務にあたってもらうという選択肢も真面目に検討し始めたという。
しかし、「ちょっと待てよと。Amazon WorkSpacesがあるじゃないかと。これは、AWS上にバーチャルデスクトップ環境を構築できるサービスで、サポートされているデバイスからであれば、どこからでもクラウドデスクトップにアクセス可能になります。今回は、自宅の個人のPCからAmazon WorkSpacesを介して社内システムにアクセスできるようにしました。僕らはもともとAWSをかなり使っていたので、社内環境とAWSの間に専用線が結ばれており、その間のトラフィックは気にする必要がありませんでした」(友岡氏)
実はこれ、製造業のAWS仲間が今回すでに実現していたアイデア。彼らと情報交換をする中で「ウチもやってみよう」と決めたという。「その日のうち(金曜日)に環境ができ、土日で情シススタッフとユーザー部門の数人にテストしてもらい、月曜日から全社に展開しました。“火事場のばか力”ってすごいね。自宅のPCから仕事ができる環境が、たった一日で全社にリリースできてしまいました」(友岡氏)
しかし一方で、当の設計者はその環境では満足しなかった。Amazon WorkSpacesを踏み台にしてリモートで会社PCに接続する方法では、CADソフトの画面操作がカクカクしてしまい、作図効率は通常の50%以下まで落ち込んだという。そのため、情シススタッフは、さらに社内のデスクトップPCにつながずとも、Amazon WorkSpacesから、CADソフトを含めた自社システムが動作する環境をAWS上に構築し、次の一週間で設計者100人ほどに展開した。これにより、業務効率も向上し、設計者の在宅勤務も加速した。
次にボトルネックとなってくるのは、ネットワークそのもののスピードだ。テレワーク社員が増えれば増えるほど、ネットワークへの負荷は高まる。これを改善しようとするなら早くて一カ月というところだが、今はキャリア各社も悲鳴を上げている状態で、当面は仕方がない。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授