DXの“全社ごと化”によりヘルスケア産業におけるトップイノベーターを目指す――中外製薬 執行役員 デジタル・IT統轄部門長 志済聡子氏ITmedia エグゼクティブセミナーリポート(1/2 ページ)

DXを実現する鍵は、トップのリーダーシップ、推進体制の確立、明確なビジョン、取り組みを社内外に発信すること。中外製薬がいかにDXを進めているか具体的に紹介する。

» 2021年07月14日 10時00分 公開
[山下竜大ITmedia]

 アイティメディアが主催するライブ配信セミナー「ITmedia DX Summit vol. 8」が開催された。Day1の基調講演には、中外製薬 執行役員 デジタル・IT統轄部門長である志済聡子氏が登場。同社の「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」に基づいたデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みについて講演した。

製薬、ヘルスケア産業におけるDXの現状

中外製薬 執行役員 デジタル・IT統轄部門長 志済聡子氏

 がんやバイオの分野に強みを持つ、研究開発型の製薬企業である中外製薬は、2030年に向けた新しい成長戦略「TOP I 2030」を発表。イノベーションの創出を通じて、世界中の患者さんが「中外製薬なら必ず新たな治療法を生み出してくれる」と期待し、世界中のプレイヤーが中外製薬を魅力的なパートナーとして参画・協働を望み、ESG(環境、社会、ガバナンス)の取り組みが評価され世界のロールモデルになることを2030年に到達すべき具体的な姿とし、ヘルスケア産業におけるトップイノベーターを目指している。

 同社は新成長戦略「TOP I 2030」の2つの柱として「世界最高水準の創薬実現」と「先進的事業モデルの構築」を掲げ、そのキードライバーとして、RED SHIFT、DX、Open Innovationを特定。DXの推進により研究開発(R&D)のアウトプットを倍増し、自社グローバル品を毎年上市することを目標としている。

※RED:Research and Early Development(研究と早期開発の総称)

 「製薬業界では、新薬の創出における成功確率が低い、開発期間が長期に渡る、開発コストが膨大という3つの課題を抱えています。メガファーマでも、R&Dの生産性が低くなっており、これらを克服するための一つとしてAIの活用が期待されています。AIの活用で、開発期間の短縮、費用の低減、成功確率の向上が期待できます」(志済氏)。

 またオンライン診療の解禁など、大きなディスラプションが起きていることも、医薬品業界、ヘルスケア業界が対応すべき課題の一つ。例えばAmazon.comは、オンライン調剤薬局であるピルパック社の買収により、配送の強みを生かして患者に医薬品を届けるだけでなく、デジタルによる服薬管理までそのビジネス範囲を拡大。一気通貫でデータを解析し、情報やインサイト抽出も可能になってくるであろう。

 「日本でも、CureApp社が2020年に発表したニコチン依存症治療アプリが、デジタル治療医療機器として日本で初めて承認(保険適用)されています。スマートフォンから提供される患者さんの情報や呼気チェッカーの活用により、行動変容を促すことで、禁煙の成功確率を向上させることが期待されています。こうした業界の流れ、ニーズを踏まえた上で、中外製薬のDX戦略も推進されています」(志済氏)

中外製薬の強みである創薬にデジタルを活用

 「2019年5月に中外製薬に転職するにあたり、会長の小坂(当時は社長)から“単なるIT担当役員ではなく、デジタルで中外製薬を変革してほしい”と言われました。小坂には、“中外製薬の強みである創薬にデジタルを活用したい”という明確な考えがあり、AIを含めたデジタルを活用することで、単にR&Dを改革するだけでなく、DXを“全社ごと化”したいという強い思いを感じました」(志済氏)。

 DX戦略を推進するためには、(1)トップのリーダーシップ、(2)推進体制の確立、(3)明確なビジョンと戦略、(4)人財育成・獲得・組織風土改革という4つのポイントが重要。(1)トップのリーダーシップでは、経営トップがデジタルに対する思いを社内外に積極的に発信すること、(2)推進体制の確立では、経営トップのコミットの下、多彩なタレント、プレイヤーの力が融合した全社のDX推進体制構築が鍵になる。

 (3)明確なビジョンと戦略では、CHUGAI DIGITAL VISION 2030を策定し、「デジタル技術により、中外製薬のビジネスを革新し、社会を変えるヘルスケアソリューションを提供するトップイノベーター」を目指している。このビジョン実現に向けて、デジタルを活用した革新的な新薬の創出、全てのバリューチェーンの効率化、デジタル基盤の強化という、大きく3つの戦略を推進する。

 デジタルを活用した革新的な新薬の創出では、AIを活用した創薬、リアルワールドデータ(RWD)やゲノムデータの活用、デジタルバイオマーカーの開発の3つを核とする。また、全てのバリューチェーンの効率化では、治験のデジタル化やスマートプラントの実現、顧客インタフェースの改革、RPAを活用した定型業務の自動化などを推進。デジタル基盤の強化では、IT基盤の強化はもちろん、デジタル人財強化や社内風土改革などに取り組む。

 「CHUGAI DIGITAL VISION 2030は、2021年までのフェーズ1でヒト・文化を変え、2024年までのフェーズ2でビジネスを変え、2030年までのフェーズ3で社会を変える取り組みを推進します。まずはデジタル基盤を構築し、バリューチェーンの効率化を行い、革新的な新薬創出を中長期的に進め、革新的なサービスの提供につなげます。このロードマップをしっかりと実現していきたいと考えています」(志済氏)。

中外製薬DXの2030の絵姿
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