大抵のモノやサービスはスマホで簡単に、しかも安く買えるようになった今だが、生命保険にネットで加入する人はまだ少数派だ。デジタルで生命保険の顧客体験をデザインし直し、新たな未来を切り開こうとしているライフネット生命の新たな挑戦について、ITmediaエグゼクティブのエグゼクティブプロデューサーである浅井英二が話を聞いた。
「10秒見積り」のテレビCMでもおなじみのライフネット生命は、2008年に営業を開始したオンライン生命保険の先駆けだ。「正直に わかりやすく、安くて、便利に。」という理念に基づき、分かりやすくシンプルな商品を、24時間365日アクセス可能な利便性の高いWebサイトを利用して、手ごろな保険料で提供している。新型コロナウイルス感染症拡大の影響から、自宅で簡単に申し込みができる保険商品、およびサービスに大きな注目と期待が集まったこともあり、2021年12月現在の保有契約件数は49万件を超える。
2012年に同社に入社し、2018年6月に創業者の一人である岩瀬大輔氏から34歳でトップの座を引き継ぎ、あるべきオンライン生命保険の未来と顧客体験の実現に向け、着実な歩みを進めている森亮介社長に話を聞いた。
「オンラインバンキングの利用者はすでに6割を超えており、ネット証券の利用者は7割にも達しています。住宅ローンも4割がオンラインで利用していると言われています。しかし生命保険に関しては、オンラインでの加入は若年層に絞っても5%程度と考えられています。これはライフネット生命にとっての課題であり、大きな伸びしろでもあります」(森氏)
生命保険は、依然としてその大半が、保険外交員が顧客を訪問して、対面で説明しながら販売されている。最大の理由は、生命保険の内容が複雑で、なかなか理解できないため、保険外交員の話を聞いて加入するしかないからだ。こうした背景もあり、特に若者にとって生命保険は縁遠いものとなっているという。
「分かりにくい、不透明だ、という保険業界全体の課題を、いかに解決していくかが重要なポイントになります。その点、インターネットは、業界のさまざまな課題を解決しやすい場所であることは間違いないと思っています。生命保険の顧客体験をテクノロジーを活用してデザインし直すことが、われわれの最大のミッションといえます」(森氏)。
ライフネット生命の特徴は、「正直に わかりやすく、安くて、便利に。」という理念に表されている。「正直に」では、保険料に運営経費が何パーセント含まれるのかを業界で初めて公開した。「わかりやすく」では、インターネットで選べる分かりやすさにこだわっている。また「安くて」では、保険の見直しで1カ月平均7,392円、年間8万8,704円相当の節約を実現し、「便利に」では、テクノロジーを活用して顧客一人ひとりにきめ細かいサポートを提供する。
森氏は、「付加保険料率の開示は当社が最初で、依然として取り組んでいるのはわれわれだけです。投資信託であれば、100万円預けておくと、多くの場合、年0.5%(5,000円)程度の手数料が引かれます。経費率を開示していない投資信託が出てきたら、世の中的には受け入れられませんよね。しかし、生命保険業界はこれを開示していません。ほとんどの生命保険加入者は、それを意識せずに毎月保険料を支払っていますが、金融商品を選ぶ上では情報開示は必須だと考えています」と話す。
2016年には新たな手も打った。ライフネット生命が掲げる理念に賛同するパートナー企業とホワイトレーベル事業を展開、KDDI、セブン・フィナンシャルサービス、マネーフォワードの3社がそれぞれのブランドを冠した生命保険を販売している。新しいモデルだが、同社の成長を支える柱のひとつとして期待されている。パートナー企業にとっては、顧客との関係を長期にわたって築ける商品を扱えることになり、それぞれの本業とのシナジー効果が大きいからだ。
例えば、携帯電話の契約は通常2年更新なので、膨大なコストをかけて他社から乗り換えてもらっても、2年後には他社に移ってしまう可能性も高い。KDDIでは、携帯電話と生命保険をセット割引などによってクロスセルすることで、通信契約の長期化が期待できるわけだ。
セブン・フィナンシャルサービスは、nanacoポイントやセブン銀行、クレジットカードなどの金融サービスの先に保険サービスを提供することで、顧客との長期の関係を構築することを目指している。またマネーフォワードは、銀行カードやクレジットカードを家計簿と連携して家計の見える化をしているが、家計を改善までできるユーザーは一部であった。そこで新電力の販売を開始したところ、多くのユーザーが新電力を活用して家計改善ができたという。この経験を生かし、新電力に次ぐ固定費見直しサービスの第2弾として、節約金額のポテンシャルが大きい生命保険の販売を開始した。
これまで金融業界におけるテクノロジーは、主に事業の効率化やコスト削減に活用されてきた。しかし事業の効率化やコスト削減は、顧客サービスの低下につながることもある。デジタルの活用で本来目指すべきは、顧客体験を劇的に変えることだろう。
しかし、「金融機関に必要なのは、実は“枯れた”テクノロジーです」と森氏は話す。
「枯れたというのは、古くて悪いという意味ではなく、誰もが既に受け入れていて、当たり前のように使える技術のことです。例えば、今どきこれくらいスマートフォンでできるよねという当たり前の期待値に応えていくことです。ライフネット生命では、こうした枯れたテクノロジーの活用から着手しています」(森氏)。
特に20代の若者の多くは、保険外交員による対面営業を受けた経験がないので、スマートフォンで生命保険を簡単に契約できるのは当たり前という感覚がある。音楽のストリーミングサービスなどは簡単に加入できるのに、なぜ生命保険はこんなに難しいのかと不思議がる。森氏は、「これまで生命保険は特別でしたが、テクノロジーの活用によりスマートフォンで当たり前のように加入できる水準を目指します」と話す。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授