問題は、このバックログの中身が変わっていくことである。探索的に施策に取り組むということは、時間とともに新たに取り組むべきものを発見する、あるいは取り組んできたものがそれほど見込みがあるものではなく途中で優先度を落としていかなければならないといったことが起きる。こうした変化に柔軟に対応できるようにするために「スプリント」と呼ばれる時間の区切りを用いる。
スプリントも、事業部、部、課やグループごとに時間の長さが異なる。事業部は四半期、部は1カ月、課は1週間や2週間といった単位で、バックログの評価と見直しを行うようにする。これは、そろそろ見直そうかといったアドホックな動き方ではない。あらかじめ、時間の区切りのほうを決めておき、実活動をスプリントに合わせるようにする。つまり、必ず探索の結果の確認と、次のプランニングを定期的に行うということだ。
もう1つ「適応」も、組織活動に組み込むこととしよう。適応とは取り組んだ結果から学びを得て、次の活動のための判断や行動を変えることである。DXの取り組みの多くは、組織がまだ経験がしたことがない実験的なものとなる。
それゆえに、取り掛かってみたもののうまく結果が出ない、遂行にあたっての準備が足りていないことに気付くことがざらである。だから、綿密に準備しなければならないのだ、ということではない。調査すれば分かるレベルのことは当然として、実際には新規事業をはじめとして、まだどこにも誰にも答えがないからこそ仮説を立て、検証をしなければならないのだ。取り組んでみたからこそはじめて気付くことができる、理解できるということがDXの対象となっているはずだ。
それゆえに、ふりかえりとむきなおりの果たす役割は大きい。それまでに実施したことを踏まえて、その過程と結果を省みて、次の判断と行動を正すのがふりかえり。一方、これから先の方向性としてどうあるべきなのか、目的や目標を捉え直し逆算して現在の判断と行動を正すのがむきなおり。過去から現在、未来から現在、この両方向から今を捉え直すのが適応の本質となる。
ふりかえり、むきなおりも、概念は理解できるとしてもどのように実践すれば良いかということになるだろう。先のバックログとスプリント同様に「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」や類書にあたってもらいたい。ソフトウェア開発でのアジャイルの歴史はすでに20年あり、さまざまな知見が蓄積されている。こうした知恵を生かさない手はない。
ただし、ソフトウェア開発におけるアジャイルと組織適用におけるアジャイルとでは、そっくりそのまま用いられるわけではない。例えば、ソフトウェア開発では抜け漏れなくタスクを洗い出し、バックログに落とし込んでいくという見える化が適切であるが、組織アジャイルで全てのタスクを見える化するのは現実的ではない場合がある。それは組織中の詳細な仕事を洗い出し、表出することに他ならない。
対象組織の規模にもよるが、あっという間に大量のタスクに飲み込まれてマネジメント不能となるだろう。本稿でも触れた通り、やるべきことの構造化を行うことで、粒度を上げ下げし、分割しなければ見通しを立てるのが現実的ではなくなってしまう。組織にアジャイルを適用するのは、まだまだこれからの段階である。取り組み自体を探索的に捉え、その学びを組織に集積していこう。
ここまで書籍「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」の概要を5回の連載に分けて解説してきた。DXが単に新たな技術を導入すること、デジタルに移行することではなく、その本質が組織にとって未知なるケイパビリティ「探索と適応」を獲得するところにあるというのがこの本の趣旨である。道のりは長く、険しい。それだけに、発展的な段階(ジャーニー)を講じて、臨む必要がある。本書がその一助となることを願っている。
株式会社レッドジャーニー 代表 / 元政府CIO補佐官 / DevLOVE オーガナイザー
大学卒業後、プログラマーとしてキャリアをスタートする。国内大手SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサーやアジャイル開発の実践を経て独立。現在は日本のデジタルトランスフォーメーションを推進するレッドジャーニーの代表として、大企業や国、地方企業のDX支援に取り組む。新規事業の創出や組織変革などに伴走し、ともにつくり、課題を乗り越え続けている。訳書に「リーン開発の現場」、おもな著書に「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」「チーム・ジャーニー」「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」がある。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授