市場が成熟すると固定観念が形成され、状況を打破するアイデアが浮かばなくなる。そんなときこそ、一歩引いて俯瞰してみる。新しい価値を見いだすことができれば、新しい商品やサービスをつくり出さなくても、新しい市場を開拓することができるかもしれない。
市場が成熟していくと固定観念が形成され、状況を打破するアイデアが浮かばなくなることがあります。思考停止に陥り、身動きがとれなくなっている状態といえるかもしれません。そんなときこそ、一歩引いて俯瞰してみる。視点が変わると、さまざまな角度からアプローチできることに気付けることもあります。
アプローチを変えて新しい価値を見いだすことができれば、まったく新しい商品やサービスをつくり出さなくても、新しい市場を開拓し、新しいお客さまとの接点をつくることにつながります。それを、私たちは「関係性をリデザインする」といっています。
特に昨今新しい価値観として注目されている、肉体的にも精神的にも社会的にも満たされた状態である「ウェルビーイング(well-being)」という視点からビジネスを見直すと、今の自分たちのお客さまが求めることにいかに応えるか、新しい気付きがあるかもしれません。
ウェルビーイングを私は「自分らしく生きること」と捉えており、一人一人違う多様な幸せの形を実現し許容しあうことだと考えています。そんな時代において、ウェルビーイングな視点で見たときにそのビジネスがどうお客さまを幸せにできるのか、そう考えると新しいアプローチが見つかるはずです。
「関係性のリデザイン」の分かりやすい例をあげると、私が携わった「歯科ビジネスのリデザイン」です。
私たちは歯科医のビジネスをリデザインすることによって、歯の治療をビジネスとしてきた歯科医が「歯を予防するガム(キシリトールガム)を売る」という、一見すると矛盾するビジネスに成功しました。
私たちが歯科医に提案したのは、治療型ビジネスから予防型ビジネスへの転換です。虫歯や歯周病などを治療することでビジネスが成り立っていた歯科医に、虫歯になる人が減っても困らないビジネスモデルを提案したのです。
日本の虫歯の有病率は、常に人口の約1割といわれていて、1人のお客さまが治療に訪れるのは平均すると3〜5年に1回です。しかし、予防歯科が普及すると、3〜5年に1度だったお客さまが短い間隔で来院し、1回の利益は低くても経営が成り立つようになります。
お客さまは、歯科医院へ治療に行くのではなく、虫歯にならないために通うのです。定期的に歯科医院を訪れるようになると、かかりつけ医という感覚になるため、家族や友人など新しい患者を連れてくる確率も高くなります。
そこで、歯科医に虫歯を予防するツールとして活用してもらったのが、キシリトールガムでした。歯科医で提供するサービスそのものは基本的に変わっていないのに、お客さまが歯科医を訪れる目的が変わる。これがリデザイン。視点を変えて考えると、そこに新しい価値や市場を生み出すことができるのです。
リデザインの例をもう1つあげると、お酒です。
みなさんは、お酒は健康に良いものだと思いますか? それとも悪いものだと思いますが? お酒は体に良いか悪いかと問われると、悪いと答える人が多いかもしれませんね。実際、お酒を飲み過ぎると、肝臓や心臓、消化管、脳の疾患につながります。睡眠障害やうつ病などの心の病を引き起こすこともあります。
しかし、お酒には適量なら気持ちをリラックスさせる効果があります。また、お酒を介して誰かと一緒に過ごすことで、幸せホルモンの1つである「オキシトシン」が分泌されるといいます。
お酒はリラックス効果があったり、幸せな気分をつくったりするものと考えると、「お酒は悪いもの」と言い切るのもどうでしょう。判断基準が変わると、既存の商品やサービスに新しい価値が生まれる。これも、リデザインのヒントです。
その視点からお客さまとの新しい関係性の構築に成功しているのが、アメリカのアンハイザー・ブッシュ社が生産・販売するビール、「バドワイザー」です。「Budweiser」と書いたほうが見慣れているかもしれません。
現在のバドワイザーが掲げているのは、「人々を集めるために、われわれは存在する(We exist to bring people together)」。「のどごしが……」「キレが……」「うまさが……」といったビールのおいしさを伝えるアプローチだけでなく、ビールは人と人の関係性をつくる、人々をつなぐためのものというアプローチで多くの支持を集めています。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授