DXが叫ばれ、多くの企業がDXに取り組んでいるが、もう一つうまくいってないように感じるのはなぜだろう。日本にビジネスアナリシスが普及してないことに起因しているのではないだろうか。
DXが叫ばれ、多くの企業がDXに取り組んでいますが、もう一つうまくいってないようにも感じます。それはなぜだろうかと考えるに、日本にビジネスアナリシスが普及してないことに起因しているのではないでしょうか。
読者の皆さんはビジネスアナリシスを知っていますか。
ビジネスアナリシスとは、ITの分野に限れば、主に超上流工程や上流工程にあたるもので、ビジネスの戦略からITへの要求を導き、要件定義を作成する仕事だと考えてください。
読者の皆さんの中にも要件定義を行った経験がある人がいると思いますが、おそらく各者各様でやっていたはずです。実は私も現役時代はビジネスアナリシスを知りませんでしたが、もしビジネスアナリシスを学んでおけば、よりビジネスに貢献できたのかなと思うのです。
大型コンピュータが最初に企業に導入された頃は、ITへの要求は業務部門から提示され、人が行なっている業務をコンピュータに置き換えるという分かりやすいもので、IT部門は与えられた要求をもとにプログラムを開発するというのがメインの仕事でした。ところが時代を経るにつれ、ITの導入領域が拡大し、ビジネス自体もどんどん複雑になってきてITへの要求も複雑になってきました。
日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の調査によればこの20年ほどのITの開発において、うまくいかない理由の大きなものが、要件定義が不十分だったり、要件の仕様の決定が遅れたりするということです。そもそも要件定義が間違っていたら、どんなに素晴らしいプログラムを書いたとしても、そのシステムは期待した価値を発揮できないわけです。
正しい要件定義を行うためには、プログラム開発(実装)のフェーズだけではなく、上流のフェーズにまでさかのぼり、ITへの要求を正しく把握することが大事になります。正しい要求を把握するには、何のためにITを導入するのか、それによりどんな価値を創出したいのかという真のニーズをつかまなければなりません。
こうした正しい要求を把握することが、ビジネスアナリシスを行う専門家であるビジネスアナリスト(略してBA)の仕事なのです。ITへの要件が明らかになれば、それを実装するプロジェクトが始まります。そのプロジェクトを管理するのがプロジェクト・マネージャー(PM)ですね。
さらにはプロジェクトが終わりITを導入した後に、当初考えていた価値が創出されてないのであれば、それはなぜなのか、使い勝手の問題なのか、組織や制度の問題なのかということを分析し、それを新たな要件として提示し、改善開発にフィードバックしなければならないはずです。それもBAの仕事になります。
ちなみにこのPMのための知識体系はPMBOK(Project Management Body of Knowledge)で、読者の皆さんも聞いたことがあると思いますが、BAのためのそれがBABOK(Business Analysis Body of Knowledge) なのですね。知識体系とはその職能の専門家の団体によって定義される専門領域を構成する概念、用語、および活動概要のことで、その専門領域の世界中のベストプラクティスを集めた体系とも言えるでしょう。BABOKはIIBAというグローバルなBAの職能団体により作成され、現在第三版が販売されています。日本では私が代表理事を務めるIIBA日本支部が日本語化をして販売しています。
ビジネスアナリシスが普及している欧米では、ITを導入する際には、BAとPMがタッグを組んで仕事を進めます。PMが責任を持つITの実装以外は、全てBAが責任を持って行っているのです。ところが日本では残念なことにBAがほとんどいないので、PMが全てやらざるを得ない状況にあります。
さらに欧米ではBAをサポートするさまざまなツールが販売されていて、彼らはツールを使って要求を分析します。ビジネスのプロセスやアーキテクチャを可視化し、そのモデルをベースにして要求を分析・管理するのです。そうすることで要求の階層関係や要求同士の依存関係などもきちんと管理できるわけです。日本のように重要度も粒度も異なる要求を一様にエクセルで管理しているお粗末な状況を見るに、心寒く感じるのは私だけではないはずです。
欧米では多くのBAがさまざまな仕事をしています。ITの導入だけではなく、業務改革や改善、ソフトウェア・プロダクトの管理、データ分析、セキュリティ管理などにもBAが関わっています。アジャイル開発のスクラムマスターもBAが務めているケースも多いですね。そして、BAにはさまざまなステークホルダーの意見をとりまとめるファシリテーションのようなソフトスキルが要求されるため、女性が多いのも事実です。
さて、これまで通常のITの導入においてのビジネスアナリシスの重要性を述べてきましたが、実はビジネスアナリシスは、まさにDXのためにあると言っても過言ではありません。なぜかといえば、DXはトランスフォーム、すなわち変革がその本質であり、ビジネスアナリシスとは、企業が対応すべき課題を特定し、企業価値を高める解決策を推奨・推進する手法であり、まさに企業をCHANGE(変革)するためのマネージメントを体系化したものだからです。
DXを推進せよと言われて、事業部門もビジネスをどう変革するのか、そのために何をしていいのかがはっきりと見えていない中では、ITへの要求を明確に把握することが難しいわけです。だからこそ、もっとビジネスそのものに寄り添って、要求を分析しなければなりません。企業の真のニーズを、顧客視点に立ちながら把握し、顧客や社員などのステークホルダーに新たな価値を提供する解決策を提示して、企業を変革するための知識やスキルがビジネスアナリシスであり、まさにDXのためのものだともいえます。
ビジネスアナリシスはビジネスとIT(デジタル)をつなげるために生まれました。日本では特に顕著ですが、経営者やビジネス部門のトップはITが分からないので、ビジネスとITが大きく乖離(かいり)しています。ビジネスサイドはIT部門のやっていることが理解できず、ITサイドは分かってくれないといじけているのがよくある姿ではないでしょうか。そんな状態では、ビジネスとしてITの活用が十分にできないし、ましてやDXの推進は難しいわけです。だからこそビジネスとITをうまく橋渡しするビジネスアナリシスが必要で、BAこそがビジネスを抽象化、モデル化、可視化しながら、ITの役割と価値を明確にすることができるのです。
ビジネスアナリシスはソフトウェア工学の要求分析、BPM(Business Process Management)、さらにEA(Enterprise Architecture)の知識を統合させたものです。これからIIBA日本支部の理事の皆さんからビジネスアナリシスのさまざまなトピックスを紹介してもらい、その全容をできるだけ分かりやすく紹介していきます。
今後、生成AIが発展するにつれ、プログラミングやテストなどのITの実装フェーズはどんどん自動化が進んでいくことでしょう。そうした時にITに携わる人たちがやらなければならないことは、何のために、どういうシステムを作るかということで、これはBAの仕事に他なりません。ぜひこれからの連載でビジネスアナリシスを知ってもらえれば幸いです。
IIBA日本支部 代表理事
1979年に積水化学工業に入社、プラント制御や生産管理システム構築等に従事。MIT留学を経て、AIビジネスを目指した社内ベンチャーの設立に参画、AIを活用した工業化住宅のシステム化に貢献する。2000年に情報システム部長に就任、IT部門の構造改革、IT基盤の高度化・標準化、グローバル展開やITガバナンスの改革等に取り組む。2016年に定年退職後、企業のIT部門強化のための様々な活動やIIBA日本支部の代表理事としてビジネスアナリシスの普及に努め現在に至る。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授