インサイトの力が新市場を切り拓いた事例として、桶谷氏はパナソニックの「ポケットドルツ」を挙げる。
電動歯ブラシ市場は長年、中高年男性向け中心の性能競争が続き、市場拡大が止まっていた。そこで「なぜ女性は電動歯ブラシを使わないのか?」という問いから現場を観察した。
「オフィスの化粧室で昼食後に歯を磨く女性たちは、見た目や持ち運びやすさを重視しています。マスカラのような形状とデザイン、ポーチに収まるサイズがあれば、人前でも気兼ねなく使える。そう確信して開発したのがビューティーアイテムとしての電動歯ブラシです」
実際、100人以上の女性社員のポーチの中身を調べ、マスカラサイズなら入る余裕があることも確認。
こうして開発されたポケットドルツは、新たなユーザー層を呼び込み、女性市場を一気に開拓した。正しい問いを立て、現場で徹底的に観察する。その積み重ねが新しい市場を切り拓くのだ。
戦略的なインサイト活用を成果に結びつけるにはどうすればよいのか。桶谷氏は「3つの秘訣」として、以下の重要性を説く
「正しい問いを立てるには、現場の定量・定性データを徹底的に読み込み、ターゲットやシーン、目的を明確にする必要があります。企業内のさまざまな部門が参加し、専門性や経験を活かして、実際に“ターゲットになりきる”プロセスが不可欠です」(桶谷氏)
部門や立場を超えて意見をぶつけ合い、意思決定者も最初から参加することで、“後出し障害”を防ぎ、組織を一つにまとめてきた。講演の終盤、桶谷氏は「インサイトを成果に結びつける4つの力」として、問いを立てる力、全体を俯瞰する力、シミュレーションする力、最適な選択をする力、を挙げた。
「家を建てるなら、まず“どこに家を建てたいのか? ”という問いから始まります。その問いに本気で答えを出し、複数の仮説やプロトタイプから最も筋の良いものを選ぶ力が必要なのです」
さらに、「自分がなぜこれを買ったのか、なぜ今この商品がヒットしているのか――。日常から“なぜ”を問い続けることが、現場感覚と時代感覚を磨きます」と受講者へアドバイスした。
質疑応答では、このインサイトの学びは「BtoB」でも応用できるかという質問があった。これに対して桶谷氏は「BtoBやサービス分野でもインサイト活用は本質的に変わらない」と明快に答え、「“なぜ使わないのか・買わないのか”という問いに対しては、言語化しづらい無意識のパーセプションを可視化する調査法が有効」だと事例を交えて説明した。
価格に関するインサイトについても「単なる値段の比較ではなく、消費者がそこに“それだけの価値がある”と感じる瞬間がマーケットを広げる」と語った。
講演の最後、桶谷氏は「日々の暮らしや仕事の中で、“なぜ?”を問い続けてほしい。組織を横断し、共創しながらインサイトを探る企業こそ、変化の時代に大きな成果を上げられるはずです」と呼びかけた。
インサイトマーケティングは、データやテクノロジーだけでは見えない“人間の本質”を掘り当てるジャーニーだ。ビジネスの成長を本気で目指すエグゼクティブにこそ、「正しい問い」と「共創の現場」に踏み出すことを薦めたい。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授