最後に、2019年の台風19号による川崎市の水害を紹介した。古地図を見ると分かりやすい例だ。
当時武蔵小杉のタワーマンションの被害が話題になったが、ここで注目したいのは等々力緑地の川崎市民ミュージアムの水害だと思う。
市民ミュージアムの収蔵庫が地下にあり、収蔵品約26万点のうちおよそ23万点が浸水被害にあったというおそろしい事例だ。
川崎市民ミュージアムがあった等々力緑地がどんな場所なのか。これも明治期の地図と地形をみると一目瞭然である。等々力緑地は多摩川の旧流路あとなのだ。明治期の地図を見ると、等々力緑地内に東京府(当時)と神奈川県の当時の府県境があり、そこに旧堤防もしっかり描かれている。
そこにミュージアムを作るのなら、水害に備えておくべきだったが(実際、ミュージアムのエントランスは階段をのぼった上にあった)、収蔵庫が地下にあり水没してしまったのである。
現地に行くと、現在でも旧堤防跡の道路より緑地の方が1段低い場所にあるのがよく分かる。
グーグルマップのような細かな標高が描かれない現代の地図では分かりづらいが、明治期の地図に地形を合わせれば一目瞭然だ。
なお、この水害は多摩川の堤防を水が越えたわけではなく、多摩川の水位が上がりすぎたため多摩川へ水を流すための水門を閉じたことで、水の行き場がなくなり、そこで水が溢れた内水氾濫だった。
今回の講義でいいたかったのは、地名に惑わされずに、古地図と地形を合わせればそこがどんな土地だったか瞬時に、しかも正確に把握できるということ。
各自治体がハザードマップを公開しているが、あれは高低差が分からない平面の地図に危険個所を書き入れたものなので土地勘がないとピンときづらいが、こうして地形や古い土地利用を合わせると誰でも納得できるはずである。
古地図を見ると一目瞭然といっても、かつては誰もがすぐアクセスできるわけではなかったが、今やさまざまな情報を重ねられる地図サイトやアプリがある。
今回使用したのは「スーパー地形」というアプリで、オンラインで公開されているさまざまな地図と現代地図を重ねたり、地図に色別標高図を合わせることで地形が分かるようになっている。
それを使えば誰でも知りたい場所の土地の様子が感覚的に分かるのだ。
Webブラウザで見るには、埼玉大学教育学部の谷謙二研究室が公開している「今昔マップ on the Web」がある。谷謙二教授は2022年に故人となってしまったが、今昔マップは今でも維持されている。明治期の地図では古い地名も残っているのがいい。
講義後のQ&Aでは、実際にスーパー地形を利用しての実演も行った。
Q&Aではわたしの好きな地名について質問が出てとまどってしまったが、ぱっと思いついたところで「千葉県市川市の真間」を上げた。真間という漢字から由来は絶対分からないが、あれは「ママ」という読みが重要で、崖のことを「まま」と呼んでいたのが由来。実際に訪れると、確かに崖がある。漢字にとらわれては元の意味を見失うといういい例だ。
講義が終わった後で「あ、あそこを上げればよかった」と後悔した地名があるので、ここで書かせてもらう。東京都国分寺市の「恋ヶ窪」だ。鎌倉時代初期の著名な武将であり御家人だった畠山重忠と宿にいた遊女の恋ものがたりが地名由来とされており、室町時代の時点ですでに「恋ヶ窪」という字が当てられていたのが分かっている。
でも、さすがに話がデキすぎていると思ったので、国分寺市の学芸員に尋ねてみたところ、もとは「国府が窪」ではなかったかという。窪は地形。窪地で湧水も合った場所だ。そして北から鎌倉街道を南下してきたとき、国府(今の府中市、大国魂神社周辺)手前の最後の宿だったことに由来するのではないかという。国府は「こくふ」だが、転訛して「こう」と呼ばれる(例えば、国府津駅はこくふつではなく「こうつ」と読む)ので「こうがくぼ」が「こいがくぼ」になったのではないかと。確かにその方がありそうだ。恋ヶ窪という漢字は非常に魅力的であるからそこにつっこんでは野暮だとは思うけれども。
かくして、地名には古い地名から現代の地名まで時代によって名づけられ方の違いがあり、現代は新しい地名が発生したり、ひとつの地名が示す範囲が広くなっていることから、「危険な地名」という魅力的な言葉にとらわれては危険ということ。それよりは、標高地形図(標高によって色分けし、地形を視覚的に分かりやすく表現したもの)やかつての撮り利用が分かる古地図を合わせれば視覚的にそこがどういう土地だったのか分かりますよ、という話が趣旨なのであった。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授