わたしが10年間携わった新人研修で得た答えは、IT専門知識よりも、まず人として物事の善しあしが見抜ける力を養えということだった。おかしいものを「おかしい」と言える人を育てる。ITスキルだけでは、ユーザーを満足させる未来のシステムはつくれないのだ。
わたしが10年近く製造業のIT部門の新人教育で実践してきたことは、単にITスキルを身に付けるだけでなく人間力を高めるための指導である。よくITリテラシーという言葉を耳にする。わたしは、ITに携わる人に必要なスキルは大きく3つあると考えている。それは、「ヒューマンスキル」「ビジネススキル」「ITスキル」である。この3つがそろって初めてITリテラシーと言えるのだ。
新人研修で気付いたことは、人としての総合力の上に専門スキルが備わって、初めて力が発揮されるということだ。社会人として一人前になるためには、まず人として一人前でなくてはならない。工場や職場に古くからの習慣やルールがあると、少しおかしい、間違っていると思っていても上司の指示に従うしかない。これが俗にいう村社会である。しかし、おかしいものはおかしいのだ。新人一人でそのあしき習慣を変えることは不可能だが、新人が組織の中核となったときにもそのおかしいという疑問を持ち続けることが重要である。これはわたしの体験から強く思うことでもある。大企業では、上司の指示、会社の方針が「正」である。これが統制だ。これに反発する人間は組織では生きていけない。
最近でこそコンプライアンスを重視し、不正を内部告発することが認められるようになってきたが、一方でまだまだ無駄なシステム開発やIT投資は山ほどあるように思う。倫理観のずれが企業の不祥事を続出しているように感じる。物事の善しあしを見抜く力とそうした感覚を身に付ける研修が専門研修よりも重要なのではないだろうか。
次に必要なのがビジネススキルである。システム開発を進める際、エンドユーザーの要求通りにシステムを設計・開発すれば満足が得られるかというと、絶対にない。「要求通りにシステムを構築したのに、現場から次々に条件変更要求が出てくる」とぼやく情景をよく目にする。要件定義のレビューで承認印を押しているにもかかわらず、仕様変更しないと使えないという。システム部門の立場からすれば、エンドユーザーのわがままや仕様確認の甘さではないかと思うかもしれないが、実はそうではない。この状況が当り前だと思えないうちは、まともなシステム構築はできないと言っていい。
例えば家を建てるときに、ドアや窓の位置、照明スイッチやコンセントの場所、アンテナの配線など間取りを詳細に決める場面を思い起こしてほしい。平面の図面を前に、家具や家電製品の配置を考えて家族で何度も話し合ってそれぞれの位置を決めていく。しかし、いざ工事に着工して形が出来始めると当初決めた配置では不便だと気付くことが多い。そこでその都度変更しながら家を建てていく。それでも実際に生活し始めるとやはり不便なところが出てくる。「ここにドアがあればなあ」とか「ここに照明スイッチがあればなあ」というような他人にとって大したことではなくても、毎日生活する人にはストレスに感じるものだ。システムの使い勝手もこれと同じで、実際に形になって使える状態にならないと、見えないことや分からないものが山ほどあるのだ。
ビジネススキルとは、まさしく仕事をする力、組み立てる力である。人は目的を持って仕事をする。しかし、大企業では組織が細分化され分業が進んでいるので、企業の収益性とは関係なく自部門の仕事の効率化を優先的に求める。
細分化された部門の仕事を個別にシステム化しても投資に見合う効果を得る可能性は低いが、ほとんどのシステム開発はこの単位で行われる。しかし、一度システムが導入されると、少しずつ部門間の仕事のつながりが見えてきて、新たな気付きが生まれる。これによって、部門を越えた業務全体の効率化を考えるようになり、極端に言うとやらなくてもよい仕事が見えてくるのだ。システム化とは、業務改善のスタートであって決してゴールではない。だから、システムを導入してから山ほど現場からシステム改善の要望が出てくるわけだ。これをユーザーの勝手ととらえるか、「これからが腕の見せどころだ」と前向きに受け止めるかの差は大きい。
繰り返すが、ビジネススキルとは仕事を組み立てる力である。無駄に分散した仕事を最も効率的に進める手順が想像でき、現状から現場の気付きを促しながら着地点に持っていくシナリオが描ける力のことである。
次に重要なのがITスキルである。ヒューマンスキル、ビジネススキルが備わって初めて生きてくる。本来の業務はどうあるべきか、それを前提にシステムを構築できるSEが本物のSEといえる。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授