銀行として最大勢力を誇る三菱東京UFJ銀行にとって、象徴的な出来事が旧東京三菱銀行と旧UFJ銀行のシステム統合だった。CIOとして指揮した根本武彦常務取締役に、情報システムの品質管理への取り組みや考え方について聞いた。
日本における金融グループの再編後、最大勢力を誇るのが三菱東京UFJ銀行だ。象徴的な出来事として、旧東京三菱銀行と旧UFJ銀行のシステム統合が大きな話題を集めた。CIOとして統合を指揮したのが、現在三菱東京UFJ銀行コーポレートサービス長を務める根本武彦常務取締役だ。「ITの社会的影響力が非常に大きくなっている」と指摘する根本氏に、同行の情報システムの品質管理への取り組みや考え方について聞いた。
ITmedia 先般のシステム統合は大きな混乱もなく、無事に完遂されました。今後は、システムにおけるソフトウェアの高品質化が求められると思いますが、システム統合プロジェクトで実践された品質の管理についての考えを教えてください。
根本 お客様の財産をお預かりし、日々の決済に深く関わるという金融の特性もあり、ITの社会性の観点から、社会に提供するサービスの品質を重視しています。正確で信頼できる、という点を念頭に、「品質」を単にソフトウェア自体だけのものではなく、より広い概念として捉えることで、ソフトウェア自体の品質向上にも繋がる、いわゆるDependable Computing(提供されるサービスが正確で信頼できる)を心がけています。
従って、あらゆるステイクホルダー(お客様、株主、社内のシステム利用者、システム運用部門等)の視点からのサービス品質を高めるように努めています。例えば、「機能要件」はもとより、可用性・信頼性・堅牢性といった「非機能要件」、運用・ユーザーの操作やお客様の理解まで含めた「人間系」の要素を考慮しています。人間系の要素が重要なのは、システム自体の品質が良くてもシステム運用やシステムを利用する業務部門が扱うことに習熟していなければ、ミスや決められた時間内にお客様からのご依頼に応えられず、結果ご迷惑をかけることになる。お客様にサービス内容や必要な手続きが伝えられ、ご理解を得られていなければ同様にご迷惑をかけてしまいます。
また、外部との連携・接続についてもビジネスとしての契約内容を確認し、提供サービスの面で齟齬がないかを確認するといった「社会性」の観点、さらに内部・外部起因を含む不測の事態に対応するためのコンティンジェンシープランの策定、フェールセーフやフォールトトレラントを含んだ機能・システムの構成検討など「万一への備え」も考慮が必要です。また、プロジェクトは完遂したが当初の経営目標が達成できない、システムの保守容易性が犠牲になったというのでは、何のためのプロジェクトかということになるので、経営的な面も重要視しました。こうした視点から要件の深堀りとリスク分析を徹底し、さまざまな対策を講じました。
現在、ITの社会性がますます強くなり、それに伴い複雑性も強くなっています。世界がITでつながっているため、ちょっとした出来事が、大きな問題を引き起こすリスクをはらんでいるのです。そうした視点も交えてITの品質を管理しなくてはなりません。
ITmedia ITの社会性を考慮した品質確保を検討する場合、リスクの検出方法や進捗管理の技法の運用などに悩む企業も多いと聞きます。三菱東京UFJが採用した方法について教えてください。
根本 システム統合以前から工夫を重ねてきていますが、特に今回のシステム統合プロジェクトにおいては、主に4つの点が重要と考えプロジェクトを推進しました。
1点目は「知験の活用」で、リスク分析ではPMBOKの管理対象9エリアごとに全メンバーがリスクを洗い出し、共有するようにしました。また、従来のプロジェクトの経験に、あらゆるステイクホルダーを視野に、改めて外部指針、世の中の知見、メトリクス情報等を収集し、ルール・ガイド・マニュアル・チェックリスト・具体性・客観性ある達成基準などのフレームワーク、メトリクスを整備の上、極力早期にメンバーに開示しました。
これにより属人性を排除すると共に、プロジェクトメンバー全員が共有することで他チームとの比較など「気づき」の機会を創出することにつなげました。例えば、不良(いわゆるバグ)検出率の把握に、ソフトウェアの品質を定量的に把握するための尺度や測定法である「品質メトリクス」などを活用し、品質メトリクスと実際のデータを比べ「統計的に見てバグが少ない、何かおかしいのではないか」といったように気づきを得るために用いました。
2点目はシミュレーション技法の高度化です。特に「Game Like」ということを重視しました。ここでのGameとはいわゆる本番同等ということを意味します。個人的な思い込みや誤解、ブラックボックスであるが故の不測の事態を極力減らすため、本番の環境で、実際のデータを実際のボリュームで、実時間で、または新しいシステムと古いシステムを並行して稼働させて結果に齟齬が無いかを確認する、といったことを心がけました。例えば本番で日本時間午前0時に始まるプログラムは実際のテストも午前0時に実施し、時差のある各国で関連した問題が起きないかチェックする、実データを使った並行稼働も6ヶ月程度実施するなどです。そうすることで本番で予期せぬ事態が起きないように努めました。
3点目はレビュー主義・バウチャー主義の徹底です。各種の品質管理技法を活用し、現場・現実・現物を実際に確認して、本当に大丈夫かどうか、当事者からの申告通りか、もれがないかを人を変えてみるほか、自らも確認することを心掛けました。
4点目はSafeWareとでも言いますか、フェールセーフとフォールトトレラントのための洗い出しを徹底することです。方法論として、CFIA(Component Failure Impact Analysis)やEMEA(Error Mode Effects Analysis)や、これは私の造語ですが「BFIA」(Business Failure Impact Analysis)などを実践しています。CFIAやEMEAはハード・ソフトなどシステム側が中心ですが、BFIAはビジネスの観点から見ています。これらを通じて障害の発生時にお客様を特定できるのか、リカバリーする仕組みを持っておくべきなのか、人手を使えば復旧できるのかどうかなどを見極めます。こうすることで初めて、予めソフトウェアとして持っておくべき機能の洗い出しも可能になります。
これらの取り組みを実践する上では、「けん制」機能も重要な要素です。「どうせ見ない」と思われてしまっては実施する側に甘えが発生してしまうリスクがあります。現場から上がってくるさまざまな成果を現場・現実・現物の観点や「品質を犠牲にして構築スピードを確保していないか」といった観点でチェックする側が妥協なしに徹底的にレビューすることで、全体の品質向上につながります。
ITmedia プロジェクトを完遂する上では、プロジェクトメンバーの士気を保つ必要があります。また、外部委託先などのビジネスパートナーとのやりとりも重要になってきます。そのあたりの取り組みについて教えてください。
根本 一言で言えば、仕組みを作り、魂を入れ、鼓舞し続ける、ということだと思います。まずは「正々堂々」ということで目標を共有し、役割や責任・担当者を明確にしたチーム作りを行ないました。また用語やルールの統一化、知験提供の場、ポータル画面を使った情報共有・伝達の場といったインフラの整備、メンバーの士気を高めるため、Employee Satisfactionも重要な要素です。しかし、実際には、メンバーが最大で6000人に達し、あまりにも巨大だったため、歴史的大事業との認識が広がり、それ自体が結果としてメンバーの士気を上げていた面もあるようです。外部の方にも“日本を代表するプロジェクトに参加できてうらやましい、自分も参加したかった”という熱い思いを語って頂くこともあり、プロジェクトに参加した皆さんがその意義を感じて参加してくれたことに感謝しています。
また、ビジネスパートナーの皆さんとは、長年にわたり共存共栄のお付き合いを続けて頂いていました。そのため、プロジェクトの初期段階に半年で2000人を必要とすることになった時も、さまざまな工夫をして集まってくれました。この点からもわたしは平時・日常を大切にすることの重要性を感じています。
取材にあたり、国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学の情報科学研究科 ソフトウェア工学講座助教 博士の森崎修司氏に協力を得た。森崎氏は、「ソフトウェア自体の品質のみではなく、ビジネスの視点から、その他要素も含めて社会に向けてのITサービスの提供という全体の観点で品質・インパクト分析をしていることが印象的でした。品質メトリクスなどの統計情報を、判断材料でなく気づきの手段として使用しているのも興味深い話でした」と指摘している。また、「根本CIOは8月26日、27日開催のソフトウェア品質シンポジウム2010の基調講演に登壇いただきます。より詳しい話を聞いていただけます。」と付け加えた。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授