生産拠点としてのアジア新興国戦略(後編)女流コンサルタント、アジアを歩く(1/3 ページ)

前回の記事では、中国に依存してきた経緯を振り返りながら、「チャイナリスク」とその回避策としての「チャイナ+1」を改めて考察した。そして、アジア新興国にチャイナ+1を求めるとき、やはり、日本企業が求める「品質」が1つの大きなテーマになるようだということが分かった。その点を踏まえ、日本企業は、生産拠点としてのアジア新興国に対して、どのような戦略でアプローチすべきなのだろうか。前稿に引き続き、アパレル産業を通じて考察する。

» 2011年04月26日 07時00分 公開
[辻 佳子(デロイト トーマツ コンサルティング),ITmedia]

 東北地方を中心に甚大な被害をもたらした東日本大震災。記事掲載の都合上、時期が遅くなってしまいましたが、この場をお借りして、被災者の皆様方には心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。このいまだかつてない災害は、わたしたちに大きな課題を突き付けているのかもしれません。「日本、そして日本人が今なすべきことは何なのか。そして、この苦難を乗り越え、どのような社会を作っていくのか。」

 そもそもわたしがアジアでの活動をもとに本連載を始めるに至ったのは、アジア新興国とともに日本も新興していかなければならないというメッセージを、微力ながら伝えていきたいという志があったからです。その志を改めて胸に刻み、アジア新興国戦略の考察を進めたいと思います。

生産拠点としてのアジア新興国を考える上での問題

 これまで、日本企業は高い品質を強みにし、世界の市場を席捲してきた。そして、中国という生産拠点を得られたことによって、世界の市場のみならず、対日本市場においても高品質・低価格の商品を提供することができてきた。それがここに来て再考を迫られている。チャイナリスクが顕在化し、チャイナ+1/ネクストチャイナをアジア新興国に求めようとするとき、これまでの考え方をそのまま踏襲することはできない現実がある。このことは、前回の記事で述べたとおりである。

 端的に言うと、品質と供給確保、品質と価格競争力をいかにバランスさせるべきか? という問題である。これまで日本企業が中国に対して求めてきた品質レベルを、欧米との取り引きがすでに活発になっているアジア新興国に求めても断られてしまう現実。アジア新興国での生産が可能となっても、高い品質を求めるがために価格競争力での優位性を発揮できず、日本市場に安価で流入する海外メーカー製品との争いで苦しむ現実。こうした問題に対して、何らかの方向性を見つけ出さない限り、生産拠点としてのアジア新興国という戦略そのものに意味がなくなってしまうのである。

 このように言い表すと、八方ふさがりのようにみえるかもしれないが、わたしはそうは思っていない。これまでの既成概念を捨てて、どの方向に舵を切るかを決めるだけの問題だ。

品質と供給確保のバランス

 まず、品質と供給確保のバランスについて考える。そもそも品質と供給確保のバランスということ自体に疑問を持つかもしれない。例えば、まだ完全に実現してはいないものの、ファーストリテイリングのユニクロ事業のようなモデルであれば、アジア新興国を生産拠点として品質と十分な供給を確保できるだろう。ただし、ユニクロ事業というのは、日本人技術者を協力工場に派遣して技術指導を行いながら、膨大な枚数の商品を、最新の生産設備を備えた巨大な協力工場で、生地製造から縫製まで一気通貫で生産するモデルである。これによって品質と供給確保を両立させているので、このモデルをどのアパレル企業でも採用することなど到底できない。

 つまり、ビジネス規模が大きければ、両方を十分に満たすことができる可能性があるが、世界的に見て規模が大きいとはいえない日本の多くのアパレル企業では、品質と供給確保のバランスを考えなければならないだろう。

 品質と供給確保のバランスとして、最初に思い浮かぶのは、高品質を諦めるということである。換言すると、アジア新興国の生産工場が受け入れられる要求レベルまで譲歩して、供給を確保するということである。これはいたって簡単なように思えるが、ビジネスモデルをさまざまな面で見直す必要がある。

 というのも、当然のことだが、品質を下げる代わりに何かをセールスポイントにしない限り、商品は売れない。そのポイントを定めたビジネスモデルを構築しなければ、ただ単に品質の下がった商品を店頭に並べるだけになってしまうからだ。ブランド戦略やマーケティング戦略といった取り組みも重要だが、ファッション性の高いトレンド商品を短いリードタイムで提供し続けるといった、品質を補う業務プロセスの見直しも進めていくべきだろう。

 この点で、日本のアパレル産業として再考が求められるのは、デザイン工程でのトランザクションが多く、時間が掛かり過ぎているところが挙げられる。デザイン、サンプル作製、テクニカルスペックの決定が機能として分離しており、ここに要する時間が海外のアパレル企業に比して長くなっている。欧米企業でも、分業化はされているものの、情報連携の仕組みが導入されており、デザイン工程におけるトランザクションと時間の抑制が図られている。

 弊社のコンシューマービジネス担当コンサルタントによると、「日本は、イタレーション(変更回数)が欧米に比べ多い。つまり、デザイン、スケッチ、カラーの変更に伴うコストが高いのが実状である。欧米企業ではイタレーションとスケジュールどおりに工程が進捗できたか(カレンダー順守率)、という2点を重要なKPIとしているが、日本企業は粗利や在庫、不良品数などの結果指標を重んじる傾向がある」これは、日本のアパレル産業が抱える構造的課題にも関係しているが、今後、アジア新興国を生産拠点としてビジネスを進めていく上では、グローバルスタンダード、あるいは世界のベストプラクティスに倣った改善を進めていくほかない。

 もう1つ、品質と供給確保のバランスとして考えられるのは、高品質を追求し続けるケースであるが、この議論の前提であるバランスという考え方を堅持するならば、供給確保のリスクを受容、軽減、回避といった対応を取ることになる。軽減策としては、当然、生産拠点を中国に依存してきた失敗を繰り返さぬよう、アジア新興国のある地域に依存せずに分散化を図ることが考えられるが、検討すべきは、どのレベルでどの軸でどのように分散化を図るかではなかろうか。

 同一商品を複数拠点で分散化して生産するのか、あるいは商品特性(ベーシック商品か最新トレンド商品かなど)に応じて生産拠点のすみ分けを図って生産するのかなどである。これは、商品戦略やブランド戦略と合せて総合的に捉え、供給確保のリスクを単なるリスクとするのではなく、新たな戦略基盤として据えて検討すべきだろう。

 なお、繰り返しになるが、生産拠点をアジア新興国に求めることを前提に、品質と供給確保の双方を満たすことも考えられないわけではない。その場合、先述のファーストリテイリングのユニクロ事業のような規模を持つか、次項で触れる価格競争力の低下(コストの増加)を受け入れて実現するかが、有力な選択肢となろう。後者について、検討してみよう。

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