出版業界が多くの製造、小売業と違うところは、日本語という言語のバリアーに守られ、外国企業との競争にさらされずにいたことだ。しかしデジタル化の潮流の中、日本の出版マーケットでも外国企業の存在感が日増しに高まっている。大日本印刷の一連の動きがアマゾンやアップル、グーグルを意識したものであることは明らかで、森野氏はインタビューの中で何度もこの3社に言及した。
しかしデジタル化によるグローバルな出版市場の勃興は、日本の出版社にとって大きなチャンスでもある。
「今までは“日本の知”を自動車や家電などの機械工学に込めて輸出してきたわけだが、これからは“日本の知”そのものを世界市場に発信することが求められており、当然、わたしたちはそれをサポートしていきたい。ニッチなオタク文化であっても、可能性はあり、1つのコンテンツが世界160カ国でニッチ市場を生み出せれば、一大メジャー産業が生まれる」(森野氏)
日本語は国内市場を守るバリアーであるとともに、日本の出版文化の普及をはばむ「壁」でもあった。これまで翻訳といえば、欧米の出版物を日本語に訳すことが主流だったが、これからは日本語の出版物を外国の言葉に翻訳することが重要になる。森野氏たちはそう考え、デジタル時代にふさわしい翻訳技術についても、研究を重ねているという。これについても「秘策あり」とほのめかす。
「不易流行」。最近、この言葉について思いをめぐらすことが多いと森野常務は言う。松尾芭蕉が自らの俳諧理論を説明するのに使った言葉だが、時代ごとに変化する美意識や表現技法とは別に、永遠に変化しない詩歌の本質があり、そのふたつが根っこではつながっているというもの。「大日本印刷は歴史の長い企業でいろんなことをやってきたわけですが、わたしたちの真のミッション、つまり不易とは何なのだろう? その追求が大切」。
大日本印刷はいわゆるB to Bのビジネスが主流である。顧客の抱える課題に耳を傾け、それを解決することによって業容を拡大してきた。しかし、幹部社員に対する研修などで森野氏は「顧客の言うことだけを聞いていれば、それでいいのか」「われわれは社会に新しい価値を提供できているか」という挑発的な問いを投げかけるという。
「普通の良心を持った人間でも、会社の塀の中に入った瞬間、会社人間になってしまい、会社の論理で考え、行動し、顧客の言うことなら、何でもやってしまう……。それはまずい。自分の目で、この社会をよく見て、そのうえで自分の仕事を考える。1年に1度だけでもいいから、中期計画の作成時には遠くを見て、社会の中における自分たちのミッションを考える必要がある」(森野氏)
森野氏が考える大日本印刷の「不易」の部分は、「情報を多様に加工して、社会が求める時・形・場所に届ける企業」、そんなイメージだという。この柱さえ揺らがなければ、日々の業務では恐れることなく、変化を求めるべきだというのが持論。不易流行の伝でいけば、「流行」の部分である。
「伝統ある老舗の食品でも、300年前のものと今のものとは絶対値では違っているはず。最もいけないことは、上司が自分の成功体験を押し付けて、部下を縛ること。変化の芽を摘んでしまうからで、実はわたしにもそんなところがあって、自らも戒めている」(森野氏)
顧客の言葉に耳を傾けるだけではなく、自分の目で社会を凝視する──。愚直ともいえる森野氏のスタンスが、イノベーションを生み出し、新たな顧客を創造する原動力になっている。
1948年東京都生まれ。1970年、早稲田大学政経学部卒業後、大日本印刷に入社。2001年、事業企画推進室長。2002年、取締役、2005年から常務取締役。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授