オリンピックの魔物を払いのけてメダルをつかんだ選手たち小松裕の「スポーツドクター奮闘記」(1/2 ページ)

史上最多のメダルを獲得したロンドンオリンピックの日本選手団。大会中、選手たちの身近にいて、改めて彼らはただ者ではないと実感しました。

» 2012年10月16日 08時00分 公開
[小松裕(国立スポーツ科学センター),ITmedia]

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 ロンドンオリンピックが幕を閉じ、はや2カ月が過ぎました。日本代表選手団は目標にしていた世界第5位の金メダル獲得数には及ばなかったものの、合計38個(金7、銀14、銅17)のメダルを獲得しました。この数は、2004年アテネ大会の37個を上回る史上最多となり、特に、オリンピックで初めてメダルを獲得した卓球、バドミントンをはじめ、久しぶりにメダルを獲得したボクシング、ウェイトリフティングなど幅広い競技の活躍が史上最多メダルの原動力となりました。

 そして、女子バレーボール、女子サッカーなどの団体球技の活躍や、フェンシング、アーチェリー、卓球などの団体戦でのメダル獲得は、震災後の日本に、一体感、感動、勇気、大きな夢を与えてくれました。いまだに続くオリンピックの話題や盛り上がりを感じるたびに、「スポーツの力」の大きさを実感しています。

気持ちをスパッと切り替えた内村選手

 今回のオリンピックで、私は日本選手団本部ドクターとして、選手村や村外サポート拠点であったマルチサポート・ハウスを中心に活動しました。日本選手全体の心と体のコンディショニングをお手伝いする立場ですが、チームドクターとしても積極的に競技会場に足を運び、前半は体操や競泳、後半はレスリングやボクシングなどをサポートしました。ありがたいことに、日本が獲得した金メダル7個のうち6個の現場に立ち会うことができました。日の丸が揚がり、君が代が流れる、という場面は今まで何度も経験していますが、オリンピックでのそれは特別なものがあります。

 選手たちにとっても、オリンピックは特別です。ですから、4年に1度の出場を目指して、すべてを捨てて競技に取り組みます。心も体も万全な状態でオリンピックに臨んでも、結果を出せないこともあります。それがいわゆる、「オリンピックの魔物」というやつです。今回のオリンピックでも、選手たちの身近にいて、たくさんの魔物に遭遇しました。しかし、それを払いのけて勝利を手にした選手たちのすごさも改めて実感したのです。

 体操の内村航平選手は、ロンドンオリンピックでの団体金メダルを目標にし、公言していました。しかし、ご存知のように団体予選では、いつもの内村航平選手とは思えないようなミスを連発しました。団体決勝でも最終種目のあん馬で失敗し、残念ながら銀メダル、表彰台の上でも内村選手にまったく笑顔はありませんでした。

 私も、たくさんの人から、「内村はどこか悪いのか?」とか「やけに顔がげっそりしているけれど大丈夫なのか?」と聞かれました。しかし、ロンドンでの内村選手は体の調子もよく、試合前の心の状態もいつもと同じでした。失敗する予感など全くありませんでした。

 団体で目標の金メダルを取ることができず、「正直、4位でも2位でもあまり変わらなかった」とコメントした内村選手と、翌日話をしました。

「昨日のコメント、正直で、俺はとてもよかったと思うよ。それだけ、団体で金メダルを取るという強い気持ちを持って戦ったんだものな」

「あのコメントを言ったとき、周りにチームの仲間がいて聞いているのは分かっていました。目標の金メダルではなかったけれど、メダルが取れてよかったと言うのが適当だったかもしれません。でも、あえてそう言いませんでした。団体で金メダルという強い気持ちは、みんな同じだったから、仲間も分かってくれると思いました」

 「団体で金メダル」というのは、チームみんなの強い目標でした。しかし、今思うと、結果を出すという強すぎる気持ちが、彼を知らず知らずのうちに、いつもと違う内村航平にしていたのかもしれません。

 1年前、このコラムでも書きました。内村選手の強さは、「自分がいい演技、納得のできる演技をすることだけに集中していること、人がどう評価するとか、結果がどうなるとか、全く考えずに演技に集中できること」です。しかし、「団体で金メダル」というのは、あくまで結果です。結果を求めすぎてしまったこと、そこがいつもの彼とは違っていたのかもしれないのです。

 しかし、そこからわずか1日で気持ちを切り替えて、いつもの自分に戻って、個人総合で金メダル、種目別の床でも銀メダル、という結果を出したのが内村選手のすごいところです。最終演技となった床の銀メダルでも、金メダルを取れなかったという悔しさは微塵もなく、自分が満足のゆく演技ができたという、満足感で満面の笑みでした。

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