本稿の最後に、グローバルで勝てるブランドづくりを実現していくために、日本企業が取り組むべき具体的な取り組みを、七つの処方箋として記載する。これまでに述べてきた「ブランドづくりの基本思想」と「グローバル・ブランドマネジメント・プラットフォーム」の構築を前提に、多くの日本企業が現状抱える課題も踏まえ、独自の取り組み策としてまとめたものだ。
まず何よりも必要なことは、世界市場を正確に知る、ということである。日本企業は日本市場を中心に考える傾向がある。そうではなくて、あくまでも日本市場も世界市場のひとつである、という俯瞰した見方が大切だ。
各国の現地市場をよく知ることも必要だ。資料ベース、伝聞ベースの情報だけではなく、戦略立案、事業執行の責任者や担当者が自ら市場に身を置く機会をつくり、五感で市場を“感じる”ことが望ましい。
同時に本社の市場理解力を高めることも欠かせない。そのためには本社の人間も積極的に現地市場を訪問することが必要だし、市場理解のための独自のフレームワークを持つことも大切だ。
グローバル市場において、どういった存在、どういった企業になっていくのか、というビジョンを明確にすることが重要である。そこにはグローバル市場における自社の存在意義や何を達成していくのか、世界において社会にどう貢献していくのか、といった視点も含めるといいだろう。
自社が戦う事業領域の設定も大切だ。これについては処方箋(3)で触れる。
定性的な目標だけではなく、定量目標もあわせて定めるべきである。売上高や収益目標、シェア目標、投資効率の目標値等、設定した事業領域で具体的にどの程度の規模や収益、ポジションを目指すのか、数字で明確に定め、全社でその目標にコミットして突き進むことが求められる。
ビジョン達成に向けたロードマップもぜひ作成しておきたい。ビジョンで定める目標は、多くの場合現状とはかなりギャップがあるものだろう。簡単に達成できるような目標では、逆にあまり意味がない。だから、そのギャップをいかにして埋めていくのか、いつごろまでに目標達成することを目指すのか、長期的な視点に立ったロードマップを明らかにするといいだろう。
勝負する事業領域の絞り込みが甘く、結果として経営資源が分散してグローバルで勝てない、という状況に陥っている日本企業は少なくない。特に内需系の企業はその傾向が強い。日本ではトップクラスのシェアを誇るブランドや事業を複数抱えているとしても、グローバルではトップ10にも入らないブランドや事業の集合体に過ぎないことがよくある。グローバルでプレゼンスの低い事業全てすべてをグローバルでトップクラスのブランド、事業として成長させていくことは極めて困難だ。
六つのブランド構築パターンのいずれであっても、グローバルで勝てるブランド=当該市場において世界トップクラスのシェア、主要国市場においてトップクラスのシェア、を目指さなくてはならない。一部の国でのみ存在感があっても、多極化した現在の世界市場ではグローバルで優れたブランドとしては認知されない。当然グローバル市場でシェアが低ければ、グローバルで認められたブランドとは言えない。そこで考えなくてはならないことが、事業領域の絞り込みである。
事業領域絞り込みの肝は、世界トップクラスのシェア、少なくとも主要国市場でトップクラスのシェアを取りうる事業領域に絞り込むということだ。そのためには、複数の切り口から事業領域を細分化し、特定の事業領域でトップクラスを目指す、という考え方もある。例えば日本電産は精密小型モーター市場で世界トップである。マブチモーターは小型モーターで世界シェア5割以上を誇る。このように、特定分野に特化し、そこで世界シェアトップクラスを目指していくという発想が、グローバルで強いブランドをつくるためには必要となる。
ブランドポジショニングとは、ブランドのターゲット顧客、提供価値、差別化ポイントの三つの要素から定義される、いわばブランドの根幹を成すものである。ブランドの生命線といってもよい。しかし、日本企業は概してポジショニングを定義することが苦手だ。最大の要因は、「ものづくり起点(改善改良)」と「販売力依存」による成功体験にある。多くの日本企業は、市場の中での自社や自社のブランドのポジションを客観的に見ることが得意ではない。どうしても自分たちを主語にして考えてしまう。結果、自らがいいと信じるものこそが市場でもいいと支持されるものだ、という思考回路に陥っている。(特に優良企業であればあるほど)これまで販売力依存で成長してきた弊害も出ている。
グローバルで勝てるブランドをつくるためには、まずその発想の転換が必だ。各国市場にどのような消費者がいて、どういうニーズ、価値観を持っていて、どのような購買行動をしているのか。現状ではどういったブランドを買っていて、そのブランドのどこに惹かれているのか。逆に不満はどの辺りにあるのか。消費者は何を見てブランドを知り、何をきっかけに買ってみようと思うの か 。消費者の情報源は何か。競合となるのはどのブランドで、どういった価値を提供し、消費者からはどのように評価されているのか。一方で自社のブランドはどうか。消費者からはどのように見られているのか。流通構造はどうなっているのか。ブランドとしてメジャーになるためには何が必要か。広告宣伝なのか、店頭販促なのか。それとも影響力のある特定の消費者(インフルエンサー)による口コミなのか……。
こうしたことを、ターゲットとする各国市場に関して徹底的に分析し切ることが必要だ。そして市場や競合、消費者を理解した上で、自社のブランドがターゲットとすべき顧客層と提供価値、差別化のポイントを定めていくことが肝要である。
“勝ちパターン”をつくるとは、“自社ならではのブランド管理・育成・展開のフレームワーク”、つまりブランド育成の“勝ちパターン”を構築するということだ。ブランド育成の勝ちパターンをつくるためには、市場理解のフレームワーク、ポートフォリオマネジメント(事業及びブランド、製品)のフレームワーク、ブランドポジショニングを規定するためのフレームワーク、ブランドモニタリングのフレームワークの四つが最低でも必要である。
こうしたフレームワークを用いて継続的に現状を評価し、その結果に基づいて議論を行い、ポートフォリオや資源配分の意思決定、ブランドポジショニングの規定・明確化をしていく。そして継続的に状況をモニタリングし、結果に応じて適宜必要な軌道修正を行う。こうした一連の取り組みを継続的に実行運用するプロセス、体制、意思決定におけるルール=標準化した意思決定プロセスを整えていくこと、それが“自社ならではの勝ちパターン”をつくりあげていくことに他ならない。
日本企業においては、こうしたフレームワークや意思決定プロセスを持たず、徒手空拳でブランド育成に取り組んでいることが少なくない。それでは、ブランド育成において何が成功のカギとなり、何が上手く機能しないのか、といったことを学習し、次の展開に活用していくことは難しい。成功するにしろ失敗するにしろ、事前の仮説の何が正しく、何が間違っていたのか、実行段階に問題があるとすれば何が課題だったのか、逆に成功するために実行段階で何がカギとなるのか、といったことをきちんと分析し、組織知として積み上げていくことが重要だ。
次に考えなくてはならないことは、コンセプトで定めた事業領域で目指すブランドポジショニングを実現していくこと、“勝ちパターン”を具現化していくことだ。端的に言えば、ブランドポジショニングで定めたターゲット顧客に対して目指す提供価値を実現し、届けていくということである。そのためにバリューチェーンはどうあるべきか、つまり価値創出のためのバリューチェーンのあり方を考える、ということがカギとなる。
価値創出のバリューチェーンを構築する際の大きな論点は、目指す価値創出と効率的なオペレーションをグローバルレベルでどう両立、実現していくか、ということにある。そして、そのための主なポイントとしては、各機能ごとに本社・現地でどのように役割分担すべきか(本社・現地のミッション、責任権限も同時に考える必要があるが、それは処方箋?でも触れる)、世界各地にどういった機能を持った拠点をどのように配置していくべきか、どこまでローカライズを許容するか、という三つがある。これらについて、コンセプトや自社の現状の能力等を踏まえて最適解を見出していく必要がある。
手始めに、現状にあまりとらわれず、“あるべき姿”を描いてみるといいだろう。そして現状と“あるべき姿”を比較してギャップを洗い出し、いかにギャップを埋めて“あるべき姿”に近づけていくか、という思考プロセスを踏むべきである。もちろんその過程で、“あるべき姿”を修正すべき必要に迫られることもあるだろうが、まずは理想を描いてみることが大切である。
あるべき姿を検討する際にまず行うことは、価値創出のためのオペレーションとして具体的にどういった機能が必要なのか、洗い出すことだ。大きくは、全社戦略立案機能(市場理解、ポートフォリオマネジメント、ブランドポジショニング定義、国・事業・ブランド・製品をまたがった資源配分、グローバル最適化のための調整機能、M&A実行機能など)、各地域・国別の戦略立案機能(全社同様、市場理解から地域内・国内の資源配分まで)、研究開発機能、マーケティング機能(商品企画・開発、価格設定、マーケティングプランや販促プランの策定、チャネル戦略策定など)、調達機能、製造・物流機能、営業・販売・アフターセールス機能といったものが主な必要機能である。
これらの機能をそれぞれ本社、現地いずれが担当するのか、そのために各地にどういった機能を持った拠点を配置するのか、ということを決めていくことになる。ひとつ一つの方法としては、こうした必要機能を縦に書き出し(横でも構わないが)、横に本社、地域統括(置くかどうかも含めて検討が必要だが)、現地、といった具合に書き出し、マトリックスを作って考えてみるとよい。
主要機能の配置案がまとまったら、次は主な機能別に、本社と現地など関係する拠点間でどのようなプロセスで機能を動かしていくか、ある程度詳細な業務レベルにまで落とし込んで設計する。また、実際にこの業務を回していくための体制(必要人員、必要スキルなど)や必要な情報インフラ、投資金額等も合わせて整理しておこう。これらは組織設計やインフラ構築を考える際に重要なインプットとなるからだ。
一方で機能間をまたがるプロセスの設計も重要になる。例えば商品開発段階から調達が関与することよってターゲットとする原価を実現できる、ということもある。その場合、商品開発部門と調達部門をまたがったプロセスが必要となる。バリューチェーン全体を通して目指す価値創出とグローバル全体での効率化を両立するためにはどういったプロセスにすべきか、個別の機能のプロセスとあわせて考えておくことが必要だ。
プロセス設計の一方で、各機能について、どの程度ローカライズを許容するのか、方針を考えることも欠かせない。詳細なローカライズ許容範囲については、最終的には本社の各機能担当部門が中心に考えることになるが、個別最適に陥る恐れもあるので、やはりブランドの価値創出と効率化を両立するという視点から、その指針を定めておくとよい。
仕上げは、コンセプトやオペレーションを実現し、実行するための組織体制、仕組みを整えることだ。すでにオペレーションの設計において、本社や現地がどういった役割、機能を担うのか、そのためにどういった体制や人材が必要か、情報システムなどに関してはどういった仕組みが必要なのかといったことは、一通り洗い出せているはずだ。
その結果に基づいて、本社や現地(場合によっては地域統括)においてどういった組織体制が必要で、そこにはどういった人材がどの程度必要なのか、本社と現地の責任権限などと合わせて組織設計を行う。また、情報システム等事業運営を支えるインフラに対する要件もまとめていく。具体的には、図6に示した七つの主要項目に沿って、組織や仕組みの設計、構築を進めていくとよい。
駆け足ではあるが、日本企業が世界市場で勝てるブランドをつくるための要諦を説明してきた。日本企業には、海外の企業にはない良さや底力がまだまだあるはずだ。そうしたポテンシャルをフルに発揮し、多極化する世界市場を俯瞰して捉えてチャレンジすれば、日本企業が世界市場で支持されるブランドを実現することができるはずだ。日本企業は、自らの成長のためはもちろん、日本経済の復活のため、そして世界各地、各国の経済発展、生活のクオリティ向上のためにも、世界で愛されるブランドをつくっていくことが強く求められている。
なお、本稿で解説した内容は、拙著「戦略としてのブランド」(東洋経済新報社刊)に詳しい。同書では、本稿では紹介し切れなかった事例や論点も含めて詳細に記している。ぜひあわせてお読みいただければ幸いである。
鬼頭 孝幸(Takayuki Kito)
ローランド・ベルガーパートナー
東京大学法学部卒業後、米国系戦略コンサルティング・ファーム、ベンチャー経営を経て、ローランド・ベルガーに参画。化粧品、食品・飲料、アパレル、総合小売など消費財・流通業界を中心に、海外・新興国展開、ブランドマネジメント、マーケティング戦略、事業戦略の立案・実行支援に豊富な経験を持つ。ブランドやグローバル戦略等に関する寄稿・講演多数。
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【入会条件】上場企業および上場相当企業の課長職以上
早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授