イノベーションを連鎖させるためのマネジメント──その1Gartner Column(2/2 ページ)

» 2014年01月30日 08時00分 公開
[小西一有(ガートナー ジャパン),ITmedia]
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アイデンティティ

 イノベーションをすべての潜在的参加者にとって魅力的なものにすることは、CIOとビジネス・リーダの中心的な責任である。イノベーションを容易と考えている人だけに訴求するのではない。言い換えるなら、イノベーションへのアプローチを周到に作成して、スタッフの参加を促せるようなメッセージを作成するということである。例えば、ある企業はIT部門を革新的にする方法を探りながら、イノベータとしてのITスタッフのアイデンティティを育んだ。プログラミングやソフトウェア設計には創造性が伴うということを強調したのである。

 イノベーション・プロジェクトをより揺るぎないものにするために、リーダは多様なパーソナリティと認知能力を活用する必要がある。興味深いことに、日常業務を最も効果的にこなしている従業員は往々にしてイノベーション能力が低い。

 例えば、動物のイノベーションに関する調査は、コミュニティ内での地位や競争力が低いメンバが最もイノベーションを起こす可能性が高いことを明らかにしている。Jane Goodallは霊長類に関する研究の中で、簡単に食べ物にありつけない動物や仲間を見つけられない動物は新しいものに目を向けやすいことを発見した(「Conditions of Innovative Behavior in Primates(霊長類における革新的行動の条件)」を参照)。別の動物調査でも、競争的な捕食環境で最もエサにありつけなかった魚が、新しい課題を提示された時に最も成績がよかった。こうした動物調査から推測できることは、現在の環境下でパフォーマンスが低いスタッフこそ社内で最もイノベーション能力が高い可能性があるということである。

 したがって、リーダはパフォーマンスの高い者だけでなく、グループ内で「異端児」とされているスタッフのためのイノベーション・アプローチも設計すべきである。先に述べたが、これらの科学的に立証された事実からすると、「優秀な人」を欲しがるマネジメントは、それ自体が間違っていると言わざるを得ない。むしろ、自社内に存在する「落ちこぼれ社員」をかき集め、ここぞとばかりに実力を発揮させられる環境を提供することの方が、イノベーションへの近道なのかもしれない。

安心

 未来のイノベータの参加意欲を高めるには、彼らが心理的な安心感を得ている必要がある。神経科学者のDavid Rockは、「toward型(前向き)」と「away型(後ろ向き)」という人間の2つの状態について語っている。toward型とは、新しい体験を喜んで受け入れることであり(イノベーションの前提条件)、away型とは爬虫類脳の闘争的または逃避的な反応が起こることである(「Your Brain at Work: Strategies for Overcoming Distraction, Regaining Focus, and Working Smarter All Day Long」を参照)。

 未来のイノベータに第一歩を踏み出させるには、彼らが新しいものを常に歓迎する「toward型」の状態になければならない。toward型の状態にあるとき、彼らは新しいアイデアを出し、新しいことに挑戦し、安心感を得ながらリスクを取るのである。言葉遣いも安心感という心理的側面にとって重要である。某保険会社では、失敗ではなく実験と学習について話すこと、「失敗は何を生み出したか」という観点から学習を捉えることの価値を強調している。同社のイノベーション・ディレクターによれば、こうした見方はなにも「言動・表現に社会的差別・偏見が含まれていない公平さ、正しさ」を追求しているわけではないという。「肯定的な言葉を同じように、あらゆる対話の中で繰り返し使う。これが、スタッフの恐怖を和らげ、参加者を増やし、イノベーションに対する姿勢を変える上で極めて重要であることに気付いた。」と同氏は語っている。

 イノベーションに対して全面的に安心感を得てもらうために、最上級幹部は部下の前に立って、「私は失敗に対して寛容であるだけでなく、この取り組みには失敗が付きものだと予測している」と伝える必要がある。これは、ハーバード・ビジネス・スクールのAmy Edmondson教授の研究結果を踏まえたアプローチである。対人恐怖に関する同教授の研究によると、リーダが健全なイノベーション行動の範囲を最初に示すことがベスト・プラクティスである。例えば、重要な教訓を示す個人的な失敗談を話すのも一案だろう。これに加え、リーダはイノベーションのための環境を意識的に形成する必要がある。この目的は、実行力というコンピテンシが重視される「既定の考え方」を克服する必要があるためだ。シンプルに「何か新しいことをやってみよう」と言ってみるのも良い。

 今回のコラムでは、イノベーションを起こすために、まず「動機付け」をするための配慮を何にどのようにすればよいかを述べた。次回は、イノベーションを連鎖的に起こすために、イノベーション意欲を持続させるための「勢い付け」について述べる。

著者プロフィール:小西一有 ガートナー エグゼクティブ プログラム (EXP)エグゼクティブ パートナー

小西一有

2006年にガートナー ジャパン入社。CIO向けのメンバーシップ事業「エグゼクティブ・プログラム(EXP)」において企業のCIO向けアドバイザーを務め、EXPメンバーに向けて幅広い知見・洞察を提供している。近年は、CIO/ITエグゼクティブへの経営トップからの期待がビジネス成長そのものに向けられるなか、イノベーション領域のリサーチを中心に海外の情報を日本に配信するだけでなく、日本の情報をグローバルのCIOに向けて発信している。


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