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» 2020年10月13日 07時10分 公開

ITmedia エグゼクティブセミナーリポート:進まぬ大企業のデジタル化、均衡が壊れた今こそ変革のとき――早稲田大学ビジネススクール 根来教授 (1/2)

デジタル化によって、既存企業の多くがビジネスモデルの変化を強いられている。しかし、デジタル化は時に既存ビジネスとの矛盾を生み、共食いをも余儀なくするケースがある。制約を抱えた既存企業はデジタル化にどう対応すればよいのか。

[酒井真弓,ITmedia]

 デジタル化によって、既存企業の多くがビジネスモデルの変化を強いられている。しかし、デジタル化は時に既存ビジネスとの矛盾を生み、共食いをも余儀なくするケースがある。そのため、成功を収めた大企業こそ一筋縄ではいかないのだ。

 制約を抱えた既存企業はデジタル化にどう対応すればよいのか、早稲田大学ビジネススクール 根来龍之教授が語った。

日本企業は「製品・サービスのデジタル化」が甘い

早稲田大学ビジネススクール 根来龍之教授

 企業のデジタル化を考える上で、「製品・サービスのデジタル化」と、それを提供する「プロセスのデジタル化」は分けて考えるべきだ。例えば、セブンイレブンは、1970年代からバックヤードのデジタル化を進めてきた。これは、「プロセスのデジタル化」にあたる。ファミリーマートでは、ファミポートによってチケット購入や国際送金といったコンビニサービスの一部をデジタル化した。こちらは、「製品・サービスのデジタル化」ということになる。

 産業によって、どちらのデジタル化を優先するかは変わってくる。コモディティ化した商品を取り扱うコンビニ業界においては、「プロセスのデジタル化」がより喫緊の課題と言えそうだ。

 一方、新聞産業では、「製品・サービスのデジタル化」が切迫した課題となっている。新聞産業はこれまで制作・編集プロセスのデジタル化が進んできた。しかし、新聞という製品そのものは紙離れが難しく、2011年を境に朝刊の発行部数は減少の一途をたどっている。とはいえ一気にはなくならないことが、新たなビジネスモデルを模索する足かせになっている。

 デジタル化への切迫度は、産業によって変わる。同時に、それは予測であるがゆえに、経営者の主観によって切迫度の認識は変わる。「プロセスのデジタル化」は、効率化競争の側面が大きく、日本では積極的に進むことが多い。対して「製品・サービスのデジタル化」は、どうも認識が甘くなりがちだ。

既存企業のイノベーションを難しくする2つの制約

 アマゾンが日本に進出する1年前の1999年、日販はアマゾン対抗として「本やタウン」というビジネスをスタートした。これは、日販と大型書店が共同で在庫を管理し、ネットで注文できるという便利なものだ。

 問題は、ネットで注文した本を書店で受け取る(配送料無料)ことが標準とされ、自宅に配送する場合は一律300円の配送料がかかるという点だ。なぜ、このようなビジネスモデルが作られたのか。それは、日販の顧客である書店の淘汰を防ぎたいという発想に他ならない。既存企業が描くビジネスモデルとしてはかなり素直なものだが、このビジネスモデルではアマゾンに対抗しきれない。

 ここに、既存企業の難しさがある。デジタル化に対応する戦略選択に2つの制約があるからだ。1つは製品市場における「戦略矛盾・共食い」の問題、もう1つは、「資源の不足・過剰」が同時に生じるという問題だ。

 共食いの問題とは、前述の新聞産業のように、既存顧客の多くがまだまだ従来型の製品を求めているがゆえに生じる。当面は、そちらのほうが収益性も高い。また、既存事業を支えてきた現場が、「デジタル化を進めるにしても、既存事業を維持しながら徐々に進めたい」と考えるのは普通のことだ。また、既存企業は、技術、設備、人材、チャネル、取引先といった資源を豊富に有している。それを活用してビジネスを展開したいと考えるのも当然の流れだ。

 しかし、新たなビジネスモデルは、新しい資源調達、蓄積を必要とする。さらに困ったことに、既存の資源を不要にしてしまうケースすらある。経営陣の心情では、できるだけ雇用や取引先の整理を避けたい。そのため、既存ビジネスの資源を活用しながら変化したいと考えてしまい、大きな制約となってのしかかってくる。

中途半端な戦略で失敗したトイザらス

 既存企業は、既存ビジネスをどんどん捨てていくような攻撃的戦略に徹することは難しい。そのため、主観的可能領域は限られてしまう。ここで注意すべきは、戦略選択の制約というのは、しょせんは経営陣の主観にすぎないということだ。「大胆な改革が必要だ」という経営陣は、この主観的可能領域を広く捉えている。

戦略制約の客観的条件(出所:根来龍之「デジタル化と既存企業の対応戦略」)

 問題は、この主観的可能領域を狭く取ってしまう経営陣は、時間とともに生存可能領域からズレてしまうことがあるということだ。

主観的可能領域と生存可能領域の違い(出所:根来龍之(2019)『集中講義 デジタル戦略:テクノロジーバトルのフレームワーク)』日経BP社)

 米国の例だが、一斉を風靡(ふうび)したおもちゃチェーン・トイザらスは、2017年にチャプター11(倒産処理手続)を申請した。一般的にはアマゾンに負けのだといわれているが、トイザらスの歴史をひもとくと、同社は1998年というかなり早い段階でネット通販に参入している。ただ、この時はまだネットの影響力が小さく、2000年8月に自社サイトを閉鎖し、アマゾンサイト上にトイザらスのサイトを設置するという選択をした。つまり、アマゾンに任せたということだ。この契約では、トイザらスが扱っている製品はトイザらス以外から仕入れてはいけないという独占契約となっていた。

 ところが、2003年、アマゾンはマーケットプレース戦略を推し進めていく中で、トイザらス以外の玩具も取り扱いを始めた。そのため、独占販売契約違反だとして裁判になった。結果、トイザらスが勝訴し、2006年には自前の通販サイトを再開したが、時すでに遅し。玩具のネット市場はアマゾンに押さえられてしまっていたのだ。

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