トイザらスは、デジタル化への対抗戦略をとらなかったわけではない。中途半端な対抗戦略をとって失敗したのだ。この事例から、「既存のビジネスを守りたい」「デジタル化の進行はそう速くない」という認識が、取り返しのつかない結果につながる可能性に気付いてほしい。
多くの企業はデジタル化のための意識変革が必要だと考えているが、分かっていても組織が重いのが現実だ。なぜそうなってしまうのか。原因の1つは、「官僚的組織の安定化問題」、もう1つは「現業への組織最適化問題」だ。
「官僚的組織の安定化問題」とは、大きな組織の宿命ともいえる。大きなビジネスは分業化を必要とするため手続きがフォーマット化する。分業によって部分最適になりやすい。さらに、調整コストを削減するため、前例を踏襲しようとする傾向が強くなる。
「現業への組織最適化問題」は、成功体験のある現業に対して、組織が最適化され過ぎていることを指す。既存事業にも当然厳しい競争があり、優秀な人材や資源が必要だ。強い企業であればあるほど、現業に最適化された組織、文化、プロセスが作られている。それは必然だ。
このように変化が難しいという宿命を抱えながらも、変化しなければ新しい環境に適用できない。既存ビジネスと新規ビジネス、両方を推し進めていかなければならない。それを、「両利きの経営」という。
新規ビジネスを成功させている企業もある。東京ガスは電力事業への参入を成功させ、JR東日本は電子マネー事業への参入を成功させている。ただ、2社に共通するのは、既存ビジネスと新規ビジネスの矛盾が小さいということだ。
両利きの経営が難しくなるケースが5パターンある。それは、既存ビジネスと新規ビジネスの矛盾が大きい場合だ。
これらの現象が起きている企業では、先に紹介した「戦略選択の制約問題」と「組織の重さ問題」が顕著で、変化が遅くなる傾向がある。例えば、既存ビジネスにおいては顧客ニーズを経験上ほぼ理解しているが、新規ビジネスでは顧客ニーズそのものが探索対象だ。既存ビジネスはプロセスが確立しているが、新規ビジネスはそうではない。必要に応じて即断即決の追加投資をしていく必要もある。
違いを認識すればするほど、「両利きの経営」は難しく感じるだろう。しかし、この違いを自覚しない限り課題は克服できない。
しかし、自覚するだけではどうしようもない問題もある。なぜなら、アナログなビジネスがなくならないのは需要があるからだ。アナログ市場に対応した市場の規制があるからだ。この問題を分かりやすくするために、コロナ禍において企業がどのような変革課題を抱えているか考えてみたい。
多くのリモートワークに関する実態調査によると、管理職にとってリモートワークは問題を含んでいるように感じられるようだ。なぜなら、大部屋システム、総合評価、ジョブディスクリプションがないという日本企業が強制的にテレワークになったとき、年功序列やメンバーシップ型雇用、集団主義といったこれまでの環境との不整合が生じているからだ。問題視する声がありながらも、これらの制度が成立してきたのは、互いに補完関係にあるからだ。相互補完関係にある制度は、その一つに問題を感じても、そう簡単には変化できないし、変化しない。
しかし、新型コロナによって出社できない状況が続くとそうも言っていられない。それを利用して、いかにこの均衡状態を壊せるかが変化への糸口となる。
「契約書への押印のために出社したくない」と感じる人は多いだろう。しかしこれは、ハンコ業界が存在し、契約書の標準様式として押印が必要で、電子署名法がきちんと確立していないという環境が相互補完状態となって変わらなかったのだ。しかし、コロナ禍において急速に電子化が進んでいる。これもまた、均衡状態が壊れて変化が始まっている。
新入社員のキャリア意識調査(日本生産性本部)によると、いまだに一生会社に勤めたいという人が多い。それはやはり、日本企業において新卒一括採用、メンバーシップ型雇用、終身雇用という制度が相互均衡状態にあるからだ。
つまり、企業が変われないのは、企業内部の問題だけではなく、環境との整合性という問題も大きい。企業が変わらないから環境が変わらない、環境が変わらないから企業が変わらない、そういった状況で日本は失われた20年を過ごしてきた。しかし、今、環境は急速に変化し、均衡が壊れ始めている。社会システムの相互補完状態が壊れた今こそ、変化を推し進めなければならない。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授