航空工学者のランチェスターによる軍事作戦の方程式「ランチェスターの法則」が世に提起されて間もなく100年になる。これを基に考案された経営戦略理論は、松下幸之助をはじめ日本の多くの経営者に支持されたという。
「作れば売れるという時代は終わってしまった。市場の80%が成熟化してきたこと、全体の需要の伸びがゼロに近づいたこと、すなわちゼロサム時代を迎えたことが、その背景にあることはいうまでもない。全体の伸びがゼロということは、市場としてのパイの大きさが限られているということであり、したがって当然、その中身はマーケットの壮烈な陣取り合戦、生きるか死ぬかのし烈な販売合戦の様相を呈するようになってくる…」
以上は、現在のことを言っているのではない。1984年に逝去したコンサルタント、田岡信夫の遺稿「総合ランチェスター戦略」の書き出しである。何のことはない、時代は変わっても、ビジネスの本質はちっとも変わっていないことが分かる。
故・田岡信夫は、イギリスの航空工学者であるフレデリック・ランチェスターが1916年に提起した「ランチェスター法則」と、それを踏まえて、第二次大戦時にコロンビア大学のバーナード・O・クープマンたちが開発した「ランチェスター戦略モデル式」に着眼し、本来、軍事理論であったものを独自のマーケティング理論として考案、「ランチェスター戦略」として世に問う。1972年の「ランチェスター戦略入門」を皮切りに著書を相次いで出版したが、いずれもベストセラーとなり、それらの発行部数は累計500万部を超えたとされる。
故・松下幸之助は、松下電器産業(現パナソニック)の全国販売組織を構築するにあたって、田岡の指導を仰ぎ大成功を収めた。幹部研修の際には、幸之助自身が真っ先に最前列で熱心に聴講したというのは有名な話である。そのほかにも、多くの著名企業がこぞってランチェスター戦略をベースに事業を展開し、成功している経営者も数多い。検索エンジン「Yahoo!」で検索をすると、ランチェスター法則で30万8000件、ランチェスター戦略で54万6000件。このように、ランチェスター戦略が田岡の死後も時代の大きな変化を超えて広く支持されている最大の理由は、それが「力に劣る弱者が、それに優れる強者に勝つ、ないし負けずに存続するための課題と方法を示している」ためである。市場シェアから導き出した「数値目標」を設定した、世界に類例のない競争戦略論でもある。
本書は、従来マーケティングツールとして活用されてきたランチェスター戦略を、マイケル・ポーターやジェイ・B・バーニーらの現代の競争戦略論のなかで再評価し、新たな展開を図った意欲作だ。この日本発の戦略発想をビジネスパーソンのみならず、学校、病院、NPOなどの非営利組織、さらには自治体関係者にも応用範囲の広い、使い勝手のよい思考法として紹介している点がユニークだ。企業はすべての戦略のベースに、個人は日々の意思決定の拠り所に「ランチェスター思考」を置いてみると、ぐっと視界が開けるかもしれない。その意味で、経営書でありながら自己啓発書として読める本書は、あなたの影の参謀役となってくれるかもしれない。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授