このようなボーダレスで新しい環境への適応を迫られている日本の証券会社ですが、松本さんは、この環境変化を正確に捉えて経営の舵を握る企業家の1人です。インターネットは生まれながらにボーダレスなので、オンライン証券のビジネスも、生まれながらにしてボーダレスだと認識しています。インターネットでビジネスをしていることが差別化要因だと思ったことは1度もないと言います。創業の頃、松本さんが言っていたことですが、「電話証券」という呼び方がないのだから、「インターネット証券」というくくられ方はおかしい、マネックス証券に求められるのは「証券会社」としての強さを持つことだと。
しかし、創業間もない頃のマネックスと、現在のマネックスとでは会社の存在感は明らかに違います。ベンチャーの精神を保ちながらも、東証一部の上場企業として、700億円以上の純資産を持ち、口座数も120万を数えます。100万を超える口座を持つオンライン証券会社は、世界中で、マネックス証券、SBI証券、楽天証券、Cortal-Consors、Charles Schwab、Fidelity証券、E-trade、TD Ameritradeの8社だけ。会社が置かれている環境も立場も管理の仕組みも、ベンチャーのときとは違います。
松本さんは、創業以来、企業体としてのチェック機能を整備し、会社として、組織として経営が機能するように仕組みをつくってきました。そうした統制の仕組みをつくることは、企業として当然のことです。しかし、いい意味でも悪い意味でも、さまざまな制約が内外ではたらくので、いまは創業期よりも意識して前に進んでいかないといけないと松本さんは言います。会社の草創期には、何か新しいアクションを起こしたり積極的な発言をすると「何を言っているんだ」と叩かれたようなことも、会社が成長していくにつれて、そのようなことが少なくなっていると言います。
マネックスらしさを追求し、他の何者でもない存在としていくために必要なことは何か、と問うと、2つのポイントがあると答えてくれました。
1つは「誰よりもマーケットが好き」という気持ち。経営メンバーから社員の1人1人に至るまで、この気持ちを強く持てないと、ビジネスで勝っていくことはできないと言います。マーケットが好き、好きだからこそ誰よりもマーケットのことを知っていることが大切だと思っています。証券会社の仕事の基盤であるマーケットへの愛情こそが、コア・コンピタンスになると信じています。
もう1つは、「アバンギャルド」であること。マネックスの社名は、MONEYの「Y」を1つ前に進めて「X」にしたもので、1歩先の未来の金融を意味しています。マネックスのようなサイズの会社が、新しいものを生み出して大資本の会社と競争し勝っていくためには、アバンギャルドな手法でないと勝てない。「アバンギャルド」はもともとは軍事用語で、前衛部隊という意味です。自分たちがコントロールできない領域に戦隊を送り込んで攻撃を仕掛けていかないと勝てないという意識を持っています。
常に、金融市場の変化を敏感に察知し、マーケットへの愛情とアバンギャルドな手法で、変わっていくことがマネックス証券に求められることだと言います。
「アバンギャルド」は、例えば、こんなことに現れています。
マネックス証券は、今年1月に、世界で初めて、中国本土と香港外で人民元建ての中国国債を個人に販売しました。これまで、世界中のどの証券会社も扱ったことのない商品を、個人投資家に提供する。それを実現させるのは、マーケットを、そして、マーケットに参加する個人投資家を知ろうとする気持ちを強く持っているからに他なりません。
中国でのオンライン証券ビジネスへの参入を考えたときも、その着手のしかたは「アバンギャルド」でした。中国では外国資本の証券会社の設立が認められていません。駐在員事務所を開設することも当初はできませんでした。そこで、まず最初に、証券業ではない企業体であるマネックスグループとして北京に事務所を開設し、金融教育に関するジョイントベンチャーを設立しました。 その後、香港のオンライン証券を買収し、香港市場の個人投資家向けオンライン証券ビジネスの足場を築きました。
また一方で、北京に正式にマネックス証券の駐在員事務所を開設しました。現在、日本の証券会社で北京に駐在員事務所を置く証券会社はマネックス証券だけです。将来、中国本土で個人投資家向けオンライン証券ビジネスを展開することを目指し、今は現地での情報収集をしながら、中国政府が外資の証券会社設立を認めたときにすぐにアクションを起こせるよう準備態勢を整えています。ほとんどの日本の証券会社は、中国でビジネスをしている日本法人を相手に活動をしていますが、マネックス証券は中国に住む中国人の個人投資家向けビジネスを展開したいと思っています。
今年6月、マネックスグループは米国のナスダック市場に上場するオンライン証券会社、トレードステーション社を友好的TOBにより買収しました。松本さんが目指すグローバルビジョンの一環で、米国市場への進出に加え、金融最先端の米国における人材と技術をも獲得することを通じて、マネックスグループとしての競争力を高めるのが狙いです。TOB開始を発表した記者会見で松本さんは「取引所の統合が国際的に進むなか、証券会社のグローバル化は時代の要請だ」と述べています。香港のオンライン証券の買収と合わせ、これまでほとんどを日本で稼いでいたグループの収益構造を、今後3〜4年で、日米中の3極でバランスよく収益を獲得できる構造に変えていくのが目標です。
最後にプライベートについて聞いてみました。松本さんは今年、社会人になって25年目を迎えます。24歳になる年に就職、36歳になる年にマネックス証券を創業、48歳となる今年も節目の年になると言っています。ここからの12年は、マネックスの目指すビジネスモデルを実現するために頑張り、次のウサギ年から先は自分のために生きたいそうです。
「自分のために何をするのですか? 」と問うと、「南の島で1人でさ、トレーディングがやりたいんだよ。もちろんマネックスを使ってね。朝からシャンパン飲んでトレーディング! 楽しいぞ! 」との答え。まったくもって、100%の資本市場オタクなのでした。
石黒不二代(いしぐろ ふじよ)
ネットイヤーグループ株式会社代表取締役社長 兼 CEO
ブラザー工業、外資系企業を経て、スタンフォード大学にてMBA取得。シリコンバレーにてハイテク系コンサルティング会社を設立、日米間の技術移転などに従事。2000年よりネットイヤーグループ代表取締役として、大企業を中心に、事業の本質的な課題を解決するためWebを中核に据えたマーケティングを支援し独自のブランドを確立。日経情報ストラテジー連載コラム「石黒不二代のCIOは眠れない」など著書や寄稿多数。経済産業省 IT経営戦略会議委員に就任。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授