日本文化に根差した製品 ウォシュレットで真のグローバル企業へ転身できるか? TOTO海外進出企業に学ぶこれからの戦い方(2/2 ページ)

» 2013年03月13日 08時00分 公開
[井上浩二(シンスター),ITmedia]
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 TOTOの日本市場におけるこの取り組みを見れば一目瞭然だが、TOTOはアジア市場で以前にこのコラムで紹介した「逆タイムマシン経営」を実践している。経済成長と同時に社会インフラが整備されていく環境下で、マーケットに合わせた施策を展開している。中国では、緩やかな成長を想定して富裕層をターゲットにし、空港や高級レストランなどにまずはウォシュレットを設置した。

 そこで、体験してもらうことで富裕層での認知を広げ、マーケットに徐々に浸透していった。そして、中国の経済的成長が軌道に乗ると、TVCM強化、公共施設を中心としたウォシュレット設置、日本と同様のウォシュレットマップの展開などの施策を講ずると同時に、1次販売店50店、2次販売店500店にまでチャネルを拡大して、販売のみならず、アフターサービスを強化して富裕層への拡販に成功している。

 インドネシアでは、気温が高く便座も水も温める必要がないため、水圧でノズルが伸びるエコウォッシャーを開発し、電源不要のウォシュレットを展開するという工夫を行っている。まさに、日本で試行錯誤しながら得た成功体験を、市場に合わせて展開することでここまでの成功を勝ち取っているのである。

 一方、米国市場ではこのような展開ができていない。それどころか、表1のようにリーマンショック後の落ち込みを回復できず、11年度の営業損益は6億円の損失である。なぜこのような結果になっているのか、これまでのTOTO USAの歩みを振り返ってみる。TOTOは米国に1990年に進出したのだが、90年代は業績が思ったように上がらず苦戦した。パートナーの三井物産も撤退したため、同社内でも撤退が議論されるほどだったようである。

 潮目が変わったのは、2002年の全米ホームビルダー協会による表彰である。米国では、90年代にEnergy Policy Actが成立し、トイレにも節水が義務化された。水洗に使用する水の量を1回6ガロン程度から1.6ガロン以下に収めることが法制化されたのである。同協会の大便器洗浄性能テストで1位から3位までを独占し、日本市場で節水技術を開発していたTOTOにとって、ようやくこれが追い風となった。その結果、事業も黒字化し、2007年まで順調に業績を伸ばすことができたのである。つまり、ウォシュレットではなく節水トイレのメーカーとしてTOTOは米国市場で評価されたわけである。

 TOTOは、この節水トイレを排水弁の直径を2インチから3インチに変えることで実現した。一方、競合は圧力タンクを使用して節水を実現しようとした。圧力タンクは流す際に爆発音のような音がするため不評であったが、米国ではトイレが故障した際などにDIY(Do It Yourself)ショップでユーザーが自分で部品を購入して修理するため、米国のプレーヤーにとって当時流通していた排水弁の企画を変えるという発想はなかったのである。

 これに対して、TOTOは市場で弱者であったため、このような施策を取ることができたと言えよう。しかし、このような技術は当然のことながら追いつかれる。本来であれば、そこでウォシュレットがキラーコンテンツとして評価されれば良かったのであるが、米国ではそれが実現できていない。その主な理由は、以下の3点だろう。

 ・TOTOが米国に進出する前に下水道システム、水洗トイレが市場に普及しており、トイレの文化が確立していた。

 ・セントラルヒーティングが普及している米国では、ウォシュレット設置のためにトイレの電気工事費が余計にかかる($300程度)。

 ・水回りの工務店が日本市場のようにトイレの選択においてエンドユーザーに影響力がなく、価格勝負のDIYショップがリノベーションの際には有力なチャネルとなっている。

 上記課題のうち、TOTOにとって、最大の課題は流通チャネルの構築だと筆者は考える。ウォシュレットの認知度は、90年代後半から高まってきている。1998年の長野オリンピックの際には、米国3大ネットワークで日本の文化としてウォシュレットが取り上げられ、ブラッド・ピット、ウィル・スミス、マドンナ、ジェニファー・ロペスといった著名人も素晴らしい製品としてメディアで伝えてくれている。SNSでも、購入者が利用した評価を好意的に伝えてくれている。TOTO自身も、公共施設に設置してウォシュレットマップを作るという常とう手段を講じた上で、2007年には宗教団体からの抗議など物議をかもしたが"「Clean is Happy」と題した一大キャンペーンを展開し、NYのタイムズスクエアにもおしりに笑顔を書いたビルボードを掲示するなどの取組を行っている。

 これらのコミュニケーション戦略に加え、TOTOは富裕層・建築デザイナー向けのギャラリーハウス(ショールーム)をオープンしたり、一般の消費者が体験するためのウォシュレットキオスクをショッピングモールなどで展開したりしているが、販売網としては不十分なようである。「おしりを洗う」と言う文化に加え、トイレの流通網というビジネス文化まで変える必要があるのが米国市場であり、そのハードルの高さで苦戦しているのがTOTO USAの現状のようである。

 TOTOとしては、米国市場は現状維持、あるいは撤退しても2017年度の目標は達成できるかもしれない。勝てる市場を選んでビジネスを行うのも、グローバル化においては重要な考え方であろう。しかし、前述したようにウォシュレットは「体験したユーザー」からは米国でも高く評価されている。そのような環境をこれまでの努力で作り上げてきたTOTOには、個人的には諦めずに米国市場も攻略し、全方位的な真のグローバル企業となってもらいたいと筆者は思う。

 日本市場でも、地道に産婦人科医や痔の医師とネットワークを構築してきたTOTOであれば、Smarter Healthという視点から新たな流通網を構築する力もあるだろう。小型充電器を低価格で装備したウォシュレットで電源の問題なども克服できるかもしれない。素人の浅知恵に過ぎないが、日本の後を追う新興国ばかりでなく、文化の確立した先進国市場を日本で確立した文化を武器にして攻略する真のグローバルプレーヤーにTOTOはなり得ると思う。TOTOの新興国の攻略法も非常に参考になるが、今後の米国市場での戦い方は多くの日本企業にとって参考になるのではないだろうか。

著者プロフィール

井上 浩二(いのうえ こうじ)

株式会社シンスターCEO。アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)を経て、1994年にケーティーコンサルティング設立。アンダーセンコンサルティングでは、米国にてスーパーリージョナルバンクのグローバルプロジェクトに参画後、国内にてサービス/金融/通信/製造等幅広い業種で戦略立案/業務改善プロジェクトに参画。ケーティーコンサルティング設立後は、流通・小売、サービス、製造、通信、官公庁など様々な業界でコンサルティングに従事。コンサルタントとしての戦略立案、BPRなどの実務と平行し、某店頭公開会社の外部監査役、MBAスクール、企業研修での講師も務める。


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