極端な変革を嫌う日本の組織風土。組織に手を加えない経営によって、V字回復を実現。気鋭の経営者に聞く、組織マネジメントの流儀(2/2 ページ)

» 2014年12月17日 08時00分 公開
[聞き手:中土井僚(オーセンティックワークス)、文:牧田真富果,ITmedia]
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絶え間ないコミュニケーションによって、お互いに理解し合うことが再建の第一歩

中土井:経営再建を目指し、社員とのかかわりの中で特に心がけていたことは何ですか?

伊藤氏(右)と聞き手の中土井氏(左)

伊藤:社員とコミュニケーションをとることをいつも心がけていました。今も続けていることなのですが、出社したら社員一人ひとりに挨拶をしてまわります。

 32歳のなんの経験もない娘が突然やってきて、いきなり社長をするというんだから、当時、社員の中には「これで本当におしまいだ」と思った人も多かったといいます。信頼の全くないところからのスタートだったので、まずは私という人間を分かってもらうことから始めようと思いました。天気の話、プロ野球の話、食べ物の話などたわいもないことでも会話をすることを意識して、お互いを分かり合えるように努めました。

中土井:コミュニケーションの先に何かが開けてくると信じられていたのはどうしてですか。

伊藤:人はコミュニケーション無くしては、絶対に分かり合えないと思います。みんながハッピーになるためには、コミュニケーションが必要不可欠です。社員の役に立ちたいといつも思っていたので、社員のことをよく知りたかったんです。社員と話すことを私が一番楽しんでいたと思います。

 私はインターナショナルスクールに通っていたので、文化、言葉、宗教などのバックボーンが全く異なる同級生といつも議論を交わす環境下で育ちました。意見が合わないことがあっても、コミュニケーションをとることによってお互いを理解し、尊重し合うことが自然にできていました。会話をすることがよりよい関係を築く上での第一歩だと当たり前に思っていました。

中土井:伊藤さんからは強いポジティビティを感じます。社員とのコミュニケーションを楽しみ、未来は明るいものだと信じて疑わない。14年間代表取締役を務めてきて、苦しかったことはなかったのですか。

 私が代表取締役になってから7〜8年が経ち、会社の経営が上向いた頃のことです。歯の具合が悪く、歯医者さんへ行ったところ、歯の神経がひとつ潰れていることが判明しました。強いストレスによって、寝ているときなどに相当な力が歯にかかっていたようです。

 苦しいことがあっても、それはすべて自分の人生の肥やしになると考えているところがあります。目の前の全ての場を楽しみたいし、楽しめない場はないと思っています。それでも、会社を継いでからは、社員からの不平不満を私ひとりで引き受けていたので、自分で認識していたよりもストレスは大きかったようです。

中土井:経営や組織の在り方を因果関係でとらえるのではなく、流れでとらえていることに伊藤さんの類まれなセンスを感じました。流れを変えずに流れに身を任せる経営と、コミュニケーションをとり続ける姿勢が驚異的なV字回復を可能にしたんですね。

対談を終えて

 巨額の負債が存在しており、経営は未経験な上に創業者の娘というだけで会社に所属したことがなく、高い自己破産のリスクを伴うという状況下において、社長に就任し3年で業績を回復させたということだけでも十分驚きに値します。しかし、伊藤さんの偉業が奇跡的なのは、「変えない組織マネジメント」を実行に移したことにあります。

 経営は「ヒト・モノ・カネ」と言われますが、これは言い換えれば社長という立場にある人は現場の業務に直接携われないことを意味しています。そのために、多くの経営者は自分が直接手を下せる「ヒト」を変える。すなわち、組織を変更するという手段をとりがちです。その手段を取らず、コミュニケーションによって組織をよみがえらせた伊藤さんの話は、経営とは何かという以上に、本物のコミュニケーションとは何か、本物のリーダーシップとは何かを考えずにはいられませんでした。

プロフィール

中土井 僚

オーセンティックワークス株式会社 代表取締役。

社団法人プレゼンシングインスティテュートコミュニティジャパン理事。書籍「U理論」の翻訳者であり、日本での第一人者でもある。「関係性から未来は生まれる」をテーマに、関係性危機を機会として集団内省を促し、組織の進化と事業転換を支援する事業を行っている。アンダーセンコンサルティング(現:アクセンチュア株式会社)他2社を通じてビジネスプロセスリエンジニアリング、組織変革、人材開発領域におけるコンサルティング事業に携わり2005年に独立。約10年に渡り3000時間以上のパーソナル・ライフ・コーチ、ワークショップリーダーとしての活動を行うと共に、一部上場企業を中心にU理論をベースにしたエグゼクティブ・コーチング、組織変革実績を持つ。


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