日本を襲ったこれまでの経済危機に対する日本企業、日本経済の対応を振り返ってみても、トンネルの先は案外近くにあるのではないかと筆者は思っている。日本企業の生命力には、まだまだ期待が持てるのではないだろうか。
日本の企業経営の戦後史を振り返ると、大戦後の混乱、貿易・資本の自由化、ニクソン・ショック、石油危機、円高といった強烈なショックに翻弄(ほんろう)された姿が浮かび上がる。1990年代初頭のバブル崩壊も、強烈な危機だった。いずれも今回同様、深刻な問題を日本企業に突き詰めるものであった。
「9月の五カ国蔵相会議(G5)以来の円高を、長期的に続く流れとしてとらえ、それに伴う日本の産業構造の大変革を『円高革命』と呼んだ。戦後の日本経済を支えて来た輸出主導型の構造、高貯蓄高投資、年功序列・終身雇用制を軸とした労使協調路線、そして『良い物を安く作って売ることがなぜ悪い』という考え方に基づいた自由貿易主義――こうした日本経済の枠組み、価値観が今や音を立てて崩れ始めた。企業はわれ勝ちに海外へ生産拠点を移し、国内では内需型、高付加価値型産業への“変身”を図る。一方、石炭、造船、鉄鋼など従来の基幹産業を中心に大量の“実質失業者”が吐き出される。企業の欲しい人と出したい人がかみ合わない『労働力のミス・マッチ』も重要な社会問題になりつつある。これは革命以外の何者でもないだろう」
これは、『円高革命――“大転換”の嵐を乗り切る』(日本経済新聞社編、1987年)の「まえがき」にある記述である。同書は、1986年9月の先進五カ国蔵相会議(G5)に始まる円高とそれへの日本企業の対応をレポートしたものである。
この記述からは、「円高」という環境変化が当時、いかに深刻な問題として認識されていたかが分かる。危機が繰り返し到来する。それに対応していく。石油危機に際しては「減量経営」「エネルギー消費節約」をキーワードとする対応がなされた。減量経営の1つの柱は雇用調整だった。長期雇用は維持しつつ、残業短縮、配置転換、出向、一時帰休、さらには賃金引き上げ要求の抑制により苦境を乗り切った。こうした努力の成果は円高で吹き飛んでしまったが、それには経営の高付加価値化で対抗した。
経営戦略論と組織論の分野には2つの対照的な分析視角として、環境決定論と主体的選択論がある*4。環境決定論の基本は、戦略は企業を取り巻く環境によって決定されると考える点にある。企業存続の鍵となるのは、環境から求められる戦略を実行できるか否かとされる。一方の主体的選択論の基本は、企業による主体的な選択の結果として戦略があると考える点にある。企業は戦略を通して環境をつくり出し、「世界は変えられる」と考えるのである。
まん延する暗い予測、あるいは日本企業の生命力。いずれの見方を日本企業は選択するべきであろうか。
吉村典久(よしむら のりひさ)
和歌山大学経済学部教授
1968年奈良県生まれ。学習院大学経済学部卒。神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。03年から04年Cass Business School, City University London客員研究員。博士(経営学)。現在、和歌山大学経済学部教授。専攻は経営戦略論、企業統治論。著作に『部長の経営学』(ちくま新書)、『日本の企業統治−神話と実態』(NTT出版)、『日本的経営の変革―持続する強みと問題点』(監訳、有斐閣)、「発言メカニズムをつうじた経営者への牽制」(同論文にて2000年、若手研究者向け経営倫理に関する懸賞論文・奨励賞受賞、日本経営倫理学会主催)など。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授