なぜそのビジョンを目指すのかという「意図」は、社員に推論させることが必要です。その推論とは、「経営トップがそのような価値観を大切にしているのであれば、そのビジョンを目指すことに納得ができる」という気づきを得させることです。トップがどのようなレンズを通して会社の未来を見ているかに、社員自身が気づくことによって、はじめてビジョンに対する深い理解が可能になります。
ビジョンを理解するということは、トップの価値観のレンズを通した世界観を理解することです。それは、「なるほど、そういうことか」といった感覚です。その気づきが、創造性を引き出すのです。「このビジョンを理解せよ」と上意下達式に押し付けても、その理解が得られることはけっしてありません。「ミドルマネジャーが途中で止めている」という冒頭の経営者の発言は、この点に対する認識を欠いています。
ビジョンが組織に浸透するには、そのための「場」が必要です。その場とは、トップがビジョンに込められた意図を語り、社員がその意図を読み取るための場です。そうした双方向のコミュニケーションの場がなければ、そもそもビジョンの裏側にある価値観は伝わらないのです。
例えば、「豊かな社会づくりに貢献できる会社」をビジョンとする社長と、社員が話す機会があったとします。そこで次のような対話が行われれば、ビジョンの意図はより鮮明に伝わるでしょう。
社員:「豊かな社会づくりに貢献できる会社を社長が目指しているのは、そのような立派な会社にしたいということですか?」
社長:「立派な会社にしたいのはもちろんだが、慈善事業をしたいわけではない。社会に貢献することによって、大きな仕事ができると思うからだ」
社員:「広く社会の役に立てる会社にしようということですか?」
社長:「そのとおりだ。社会に貢献することによってわが社に対する信頼が生まれる。その信頼関係が何より重要だ。世の中の至るところで、わが社に対する信頼関係が創り出されるような会社にしたい」
「信頼関係」を何よりも大切にするというトップの価値観を理解することによって、「豊かな社会づくりに貢献できる会社」を目指すことに納得がいき理解が得られます。それによって、トップの価値観のレンズが社員にも共有されるようになるのです。
ただし、このようなコミュニケーションが可能になるためには、2つの条件があります。1つ目は、ビジョンがトップの価値観に基づいて描かれているということです。さもなければ、ビジョンに込められた意図を、トップが思いを込めて語ることはできません。経営企画のスタッフに命じて作らせただけのビジョンでは、表面的な情報を伝えることしかできなくなってしまいます。
2つ目の条件は、ビジョンを受け取る社員の側に、トップの価値観を理解するための意志と推論力があることです。これは「フォロワーシップ」(部下力)の土台になります。トップがビジョンや戦略を示したとき、そこに込められているトップの思いを理解しようと努めることは部下として当然のことです。けれども、そうしたフォロワーシップが希薄になっていると指摘する声も少なくありません。
フォロワーシップが薄れている原因の1つには、昨今の社内コミュニケーションが情報偏重になっていることがあるのではないでしょうか。事実と因果関係と成果といった情報だけで完結するコミュニケーションには、人の価値観や思いが入り込む隙間がありません。そのようなコミュニケーションを繰り返しているうちに、価値観を理解する感度も低下してしまいます。
つまり、フォロワーシップの欠如というのは、部下個々人の問題というよりも組織のコミュニケーションの問題なのです。「ビジョンが浸透しない」と嘆く経営者は、そのことを部下の責任にすることはできません。社内コミュニケーションのあり方は、最終的にはトップの姿勢にかかっているからです。
エム・アイ・アソシエイツ株式会社代表取締役
東京大学法学部卒業後、アクセンチュア入社。同社のヒューマンパフォーマンスサービスライン統括パートナーを経て、2003年に独立し、エム・アイ・アソシエイツ株式会社を設立。同社では、人と組織の内発的変革を支援する研修、診断、コンサルティングサービスを提供している。主な著書に、「アイデアが湧きだすコミュニケーション」「論理思考は万能ではない」「組織営業力」などがある。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授