成城石井が他のスーパーと違うワケ――スーパー冬の時代に「10年で売上高2倍」の理由ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術(2/2 ページ)

» 2020年10月01日 07時01分 公開
[上阪徹ITmedia]
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 世界に、あるいは日本中に出ていきながら、トレンドをかなりサキ読みし、それを日本に伝えることが彼らのミッションになっている。展示会場に行ったり、マーケットや飲食店を巡ったり、マルシェを巡ったり。日本中を、ときは世界の果てまで買い付けに行くのだ。だが、それは簡単なものではない。

 例えば、成城石井のスター商品の一つ、「パルミジャーノ・レジャーノ」。イタリア・フェラリーニ社の24カ月熟成ハードチーズだ。スライスしておつまみにするもよし、砕いてフランスパンの上に置いて焼いて食べるのもよし、おろしてパスタやピザ、グラタン、サラダやスープに使うもよし。いずれにしても、おいしい大人気商品である。

 実はパルミジャーノ・レジャーノは、日本でも他の小売店にも売られている。だが、成城石井で売られているものは、ちょっと違う。これこそが、バイヤーの力量によるのだ。

 このチーズを仕入れたのは、現在は社長を務める原昭彦氏。店舗勤務を経てバイヤーになり、数々の世界の銘品を見つけてきた人物だ。パルミジャーノ・レジャーノは、特定地域で作られ、それを検査し、イタリアの品質認定表示「DOP」の認定を受けたチーズだけが名乗れる。従って、作っているメーカーはいくつもある。

 だが、原氏はヨーロッパで行われた展示会で、フェラリーニ社のブースにくぎ付けになった。それは、置かれていたパネルに写っていた動物だった。ジャージー牛である。

 チーズは牛乳から作られるが、一般的にジャージー牛を使ったりしない。一般的な乳牛は白黒模様のホルスタイン種。だが、茶色の小柄なジャージー牛の牛乳は濃くて味わい深いという特徴を持っている。

 しかし、値段が高いのだ。搾乳できる量は少なく、餌は倍以上で飼育も難しい。要するに、おいしいが、生産性がよろしくないミルク、なのである。原氏がブースで聞いてみると、ジャージー牛を30%使って、他のチーズと差別化を図っている、という。

 これは成城石井にとっても大きな差別化の獲得になるわけだが、ここで注目しておきたいのは、ブースに置かれた1枚のパネルに原氏が素早く反応したことだ。ジャージー牛の顔を知っていたのである。だから、反応できたのだ。

 乳脂肪が濃いジャージーのミルクが30%入っている。それが何を意味するのか。ミルクを熟成して水分を飛ばすのが、ハードチーズ。濃いミルクだと、もっと味が濃くなるのである。薄いミルクをいくら濃縮しても、味は濃くならない。

 パルミジャーノ・レジャーノは、最低12カ月以上熟成させて水分を飛ばす。ミルクの濃さが味に影響しないはずがない。パルミジャーノ・レジャーノを名乗るには認証が必要だが、実はそれ以上の格はない。どれほどチーズづくりにこだわっても、同じマークしかもらえない。だが、実は作り手のこだわりは、そのマークだけでは分からないのである。そのこだわりを見つけてきたところに、成城石井のバイヤーのすごみがある。

 そしてこれこそが、成城石井で売られているパルミジャーノ・レジャーノがおいしい理由だ。わざわざ、これを求めて成城石井に向かうファンがたくさんいる理由なのである。

 だが、話はこれで終わりではない。世界の一流メーカーというのは、誰にでも売ってくれるわけではない。自分たちの事業のスケールを考えれば、わざわざ日本に送ってまで商売しようとは考えない。関税もなく物流も容易なEU域内で十分、ということになるのだ。

 だから、やらないといけないのは、交渉なのだ。実はこのハードチーズを仕入れるのに、成城石井は足かけ3年かけているのである。おいしいものを手に入れるには、ここまでやるのだ。だから、世界の逸品が店頭に並んでいるのである。

 成城石井の商品を巡るストーリーを知ることは、商品をよりおいしくいただくことでもある。新著では、20以上の商品を紹介しているが、読み始めるとどうにも食べたくなるので、くれぐれもご注意を。

著者プロフィール:上阪徹

1966年兵庫県生まれ。リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスに。著書に『職業、挑戦者 澤田貴司が初めて語るファミマ改革』『サイバーエージェント 突き抜けたリーダーが育つしくみ』『JALの心づかい』『社長のまわりの仕事術』『10倍速く書ける 超スピード文章術』など多数。インタビュー集に『外資系トップの思考力』『プロ論。』シリーズなど。他の著者の本を取材して書き上げるブックライター作品も80冊以上に。


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