モバイルインターネットの世界がどのような「ライフスタイル」となって現実のものになっていくのかということこそが、アップルの最大の関心事である。
アップル社の携帯電話端末“iPhone”が発売されてから3カ月が経過した。発売直前直後のフィーバーぶりはいろいろな形でメディアに取り上げられたが、その後も大幅な値下げがあったり、欧州での発売も決まったりと、現在に至るまで何かと話題にはこと欠かない状況が続いている。
そのiPhoneから遅れること約2カ月後、アップルは同社の看板商品“Podシリーズ”のラインアップ刷新を発表した。新しい顔ぶれの中にiPhoneそっくりの外観を持つ新商品の存在を、予想あるいは期待した人も多かったことだろう。筆者もその1人であったわけだが、期待は見事に報われた。“iPod touch”と名づけられたこの商品は、あるいはiPhoneの発表後に多くの人が密かに待ちわびたダークホースだったのかもしれない。
あの魅力的なタッチスクリーンのインタフェースをはじめとする、一連の機能やスペックをiPhoneという新人のデビューに、馬子にも衣装とばかりに惜しげもなくつぎ込んだことから考えれば、アップルにとってiPhoneは戦略的に極めて重要な商品であることは明らかだ。
しかし一方で、既に多くの人が指摘しているように、iTunesをはじめとして、WebブラウザやGoogle マップ、ウィジェット、Youtubeといったインターネットアプリケーションは、電話回線よりもむしろWiFiネットワークを前提にした機能になっている。電話を前提にした機能はアドレス帳くらいのものだ。
iPod touchを「電話なしiPhone」とするか、iPhoneを「電話付きiPod」とするか、アップルの戦略はとりあえず前者を選んだようだが、彼らにとって重要だったのは「携帯電話」という商品領域に進出することの宣言であって、これからの無線ネットワークの本命が何かということはある意味狭い問題なのだろう。それよりも、いわゆるモバイルインターネットの世界がどのような「ライフスタイル」となって現実のものになっていくのかということこそが、アップルの最大の関心事であり、その世界が動き始めようとしているいまが、参入に最もいい機会だという判断がはたらいているのだろう。
iPod touchの発売はiPodの新たな世代の始まりであると同時に、アップルにとってもう少し大きな意味を持っているように思える。それは2007年の冒頭に発表された「アップルコンピュータ社」から「アップル社」への転身を体現する、新たな商品ラインアップが出揃ったということだ。
1976年の「アップルコンピュータ社」としての創業以来、同社の事業を支え続けたのは言うまでもなく、パーソナルコンピュータのMacintoshシリーズである。1984年に発表されたMacintosh 1号機の発売でアップルコンピュータの時代は始まった。その後、新たなOSとともに次々に発表された新機種は、数多くのファンを生み出し魅了し続けた。
2000年以降はこのMacintoshを「デジタルハブ」と位置づけ、ターゲット市場としてのコンシューマとプロフェッショナル、そしてコンピュータの形状としてのデスクトップとノートブックからなる、4つのセグメントに「iMac」「iBook」「PowerMac」「PowerBook」という商品ラインアップを立てて戦略を進めてきたわけである。
創業以来30年間続いたこの戦略は、社名の変更とそれに伴う商品セグメントの刷新で大きく転換することになった。昨年10月のアニュアルレポートで示された新時代のキーワードは「デジタルライフスタイル」だった。そしてそれを構成するセグメントは、「Macintosh」「Apple TV」「iPod」そして「iPhone」の4つということになる。
最初の発売から既に5年を経たメディアプレーヤとしてのiPodは、既にMacintoshに肩を並べる同社の大きな柱に成長している。アップルの次なる目標はコミュニケーション端末としてのiPhoneと、ホームサーバとしてのApple TVを大きく育てることにあると思われる。ただし、先にも触れたようにiPhoneとiPodの境界はまだ明確なものではない。
筆者がわざわざiPod touchの登場で新しいラインアップが確立したとしているのには、少々訳がある。それは今日のアップルの復活の原動力となった、プラットフォーム戦略と深い関わりがある。続きは次回。
なりかわ・やすのり
1964年和歌山県生まれ。88年NEC入社。経営企画部門を中心にさまざまな業務に従事し、2004年より現職。デバイスからソフトウェア、サービスに至る幅広いIT市場動向の分析を手掛けている。趣味は音楽、インターネット、散歩。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授