経営方針が「従業員満足の追求」である。ES(Employee satisfaction 従業員満足)を追求することによって、結果的にCS(Customer Satisfaction:顧客満足)を達成することができ、その間において顧客の情報をふんだんに入手できるわけである。こういう雰囲気の中ではこちらから求めなくても、顧客から情報を寄せてくれるはずである。
まさに、顧客からスタートしている。すなわち、とりもなおさずドラッカーのマーケティングを実践していることになる。ドラッカーのマーケティングを実践するために、顧客の欲求、現実、価値からスタートするとなると、いかにも難しい理詰めの手法や科学的な手法からアプローチするものと考えがちになる。
しかし、難しく考えることはない。上例でも示したように、常に顧客の現場に足を運び、顧客と直接接触し、顧客の実態を目で確認し、顧客の声に耳を傾けて、顧客の欲求とは何か、顧客の現実とは何か、顧客の感じている価値とは何かを把握することである。そのためには、魂が入らない方法は役に立たない。心の通った地道な手法から、まず入るべきである。こちらから積極的に顧客を訪ね歩く、顧客の方から訪ねて来て情報を提供したくなる、あるいは関係者が常に顧客からスタートしようとする考えを持って議論し続ける、それらを行動に移す、集めた顧客情報を貪欲に活用する、などの「仕掛け」をいかに作り上げるかが重要である。
さて、もう一つのテーマである。社員のモラール、すなわち「社員をより熱心に、より賢く、より生産的に働こうという気にさせる」には、マネージャー1人で責任を負うのではなく、適任者にアウトソーシングすべきであるとする、アダムM.グラント ペンシルバニア大教授の面白い主張がある(Diamond Harvard Business Review October 2011より引用)。
グラントは、企業の製品やサービスの恩恵を受けるエンドユーザーがその利用体験を語ることが、社員への激励になるという研究結果を示している。リーダーが激励のメッセージを伝えようとしても、社員の多くはリーダーが単に今まで以上に働かせようとしていると懐疑的反応を示すというのである。リーダーは、エンドユーザーに社員への激励をアウトソーシングし、複数の顧客に顧客独自のメッセージを伝えるよう頼めばよい。エンドユーザーは、リーダーが社員を触発し意欲を高める上で重要な協力者となるわけである。
グラントが実験例として挙げたのは、大学の資金調達担当者である。調達資金は奨学金に使われる。担当者は大学卒業生に電話で寄付を求めるが、寄付が集まらない上に、担当者の離職率は高く、採用や教育に莫大なコストが掛った。
そこで、担当者を奨学生に会わせて、奨学金がどれだけ役に立っているか、自分の人生にどのような影響を与えているかという体験や感謝の気持ちを聞かせた。それ以来、担当者の電話をかける回数が平均142%増え、寄付金も171%増えたという。この調査では2グループを設けたが、奨学生と接触しなかったグループは業績面で変化がなかったという。当然、企業でも同じことがいえる。
グラントが主張するところは、「社員への激励を効果的にアウトソーシングするためには、リーダーはネットワークを構築し利用することにより、エンドユーザーを探し、彼らのストーリーを集め、組織に招き、社員に紹介し、社員の貢献を認知」するように仕組まなければならない。マネージャーと社員が現場に足を運ぶことも勧める。
以上から分ってくることは、顧客創造のためのマーケティングの実践方法と、社員のモラールアップの方策は、実は根が一緒なのである。それぞれの目的は異なるが、いずれも顧客の現場に足を運び、顧客と直接接触し、顧客の実態を見て、声を聞く。しかも、心を込めて実践する。その実践をするための仕掛けを作る。仕掛けができれば、ことさら力を入れなくてもスムースに実践できる。
マーケティングを実践しながら、それは合わせて社員のモラールアップのためのアウトソーシングにも応用できると心得て、一挙両得を狙うべきである。
増岡直二郎(ますおか なおじろう)
日立製作所、八木アンテナ、八木システムエンジニアリングを経て現在、「nao IT研究所」代表。
その間経営、事業企画、製造、情報システム、営業統括、保守などの部門を経験し、IT導入にも直接かかわってきた。執筆・講演・大学非常勤講師・企業指導などで活躍中。著書に「IT導入は企業を危うくする」(洋泉社)、「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(洋泉社)。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授